長井謙治「朝鮮半島における後期旧石器化と「交替劇」」

 本報告は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)2010-2014「ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化にもとづく実証的研究」(領域番号1201「交替劇」)研究項目A01「考古資料に基づく旧人・新人の学習行動の実証的研究」の2013年度研究報告書(研究項目A01研究報告書No.4)に所収されています。公式サイトにて本報告をPDFファイルで読めます(P41-47)。

 同じく朝鮮半島の「交替劇」の頃を扱った著者の他の論文を、このブログで取り上げたことがあります(関連記事)。「交替劇」とは、「旧人」から「新人」への「交替」のことです。私はもう十数年前より、「猿人」・「原人」・「旧人」・「新人」という人類の系統区分に疑問を抱いているのですが、さまざまな分野の専門家が集まっている「ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化にもとづく実証的研究」においてこの用語が使われているので、それは尊重しなければならないだろうと考えて、この研究に関する記事では使うことにしています。

 さて、本論文についてですが、朝鮮半島ではこの「交替劇」の期間の様相には不明瞭なところが残っている、と指摘されています。その理由の一つは、ハンドアックス(握斧)石器群の下限が不明瞭なうえに、依拠する編年観の不一致により、ユーラシアにおける「交替劇」の時期と想定されている酸素同位体ステージ(OIS)3の石器文化編年が容易ではないことにあります。朝鮮半島におけるハンドアックスの下限年代はOIS3まで下る、とする見解がある一方で、それを否定するような編年も提示されています。

 近年では、北漢江流域・洪川江流域・東海岸流域で40000年前頃とされるハンドアックス・ピック類の発見が続いているとのことで、非アシューリアンタイプのハンドアックスは後期更新世まで製作され続けた可能性もあり、それこそが臨津-漢灘江流域における東アジア石器文化伝統の特質である、との見解も提示されているそうです。ただ本論文は、ハンドアックス・ピック類の年代を新しく推定する傾向にある研究者の多くは、測定資料の由来や適合性についての評価が充分ではない年代値から石器群の年代観を獲得している傾向にあるのではないか、と指摘しています。

 「交替劇」の期間の様相が不明瞭な理由として、後期旧石器時代になると石器形式の変化が速く、レス(黄土)-古土壌編年によるタイムスケールで細部の変化を把握し難いことも指摘されています。また、OIS3で顕在化する小型石器あるいは在来の石英製石器が、後期旧石器時代において特徴的に残存するため、新たに登場した石刃製石器が組成に欠落している場合、石器群の編年的位置を正しく捉えるのが難しい、とも指摘されています。

 こうした問題を抱えつつも、4万年前以降については、放射性炭素年代測定法により、後期旧石器時代の様相が大まかに把握できるようになった、とのことです。石刃技法の出現は35000年前頃、細石刃の出現は25000年前頃、剥片尖頭器の出現は38000年前頃(いずれも非較正)との推定も提示されています。細石刃に関しては、シベリアの初期細石刃文化であるセレムジャ文化の影響下に成立した、との見解も提示されています。

 朝鮮半島には、「後期旧石器化」開始の指標となる骨製遺物・絵画資料・可搬芸術品などの確実な事例がないことから、「交替劇」の様相を解明するにあたって、石器形式の変遷とその年代がとくに重要になる、と本論文は指摘します。骨製遺物・絵画資料・可搬芸術品が乏しいのは朝鮮半島だけではなく、日本列島も含む東アジアや、スンダランドを含む東南アジアにおいても同様の傾向が見られます。本論文が「後期旧石器化」開始の指標としているのは、石刃技法の出現・珪質系石材への移行・調整剥離技術の発達などです。

 朝鮮半島における石刃の出現に関して近年では、組織性・企画性に乏しい縦長の石刃状剥片を剥離する「初期石刃技法」と、革新性の強い「後期石刃技法」という二段階に区分する見解が提示されています。「初期石刃技法」は独立的に発生し得て革新性が低く、「後期石刃技法」は40000~35000年前頃にシベリア方面から伝播して拡散した、と推測されています。この他の見解でも、石刃技法は外来であり、朝鮮半島での自生説は成立しないだろう、と指摘されています。朝鮮半島における(少なくとも「後期」の)石刃技法に関しては、外来、おそらくはシベリア起源だろう、という見解が有力のようです。

 朝鮮半島における「交替劇(と想定される時期)」に関しては、石器技術と関連して石材も注目されているようです。朝鮮半島では4万~3万年前頃に、石材が石英珪岩系から凝灰岩や頁岩を主体とする珪質へと転換することが判明しているそうです。石材に関しては、石材アクセスの難易度という点で南北差のあることが指摘されているものの、朝鮮半島に広域的に分布する石英岩系の石材にかなり依存する地域もあり、南北の石材の地域差は一様ではないそうです。黒曜石に関しては後期旧石器時代の長距離輸送が知られており、九州産の黒曜石が朝鮮半島で発見されている、とのことです。

 このように、朝鮮半島においても「交替劇」に関わると思われる研究成果が蓄積されつつあるものの、上述したように、不明瞭な点が残っていることも否定できません。また、朝鮮半島や日本列島も含めて、東アジアにおいては「交替劇」の時期の人骨はまだ乏しいのが現状です。そのため本論文は、朝鮮半島も含めて東アジアにおいて「交替劇」を正しく評価できる段階にはなく、「石器文化伝統」の連続・不連続について、まだしばらく地道な考古学的議論を蓄積してゆく必要があるだろう、と指摘しています。


参考文献:
長井謙治(2014)「朝鮮半島における後期旧石器化と「交替劇」」『ネアンデルタールとサピエンス交替劇の真相:学習能力の進化にもとづく実証的研究 考古資料に基づく旧人・新人の学習行動の実証的研究2013年度研究報告書(No.4)』P41-47

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