平山優『検証長篠合戦と武田勝頼』第2刷

 歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2014年9月に刊行されました。第1刷の刊行は2014年8月です。本書は、『敗者の日本史』全20巻の第9巻として2014年2月に吉川弘文館より刊行された『敗者の日本史9 長篠合戦と武田勝頼』の続編というか、同書にて紙幅の関係で割愛した論考を再構成したものです。同書と併せて本書を読むことで、長篠の戦いと武田勝頼に関する著者の見解がはっきりと見えてきますので、ともに読むことをお勧めします。『敗者の日本史9 長篠合戦と武田勝頼』については、以前このブログで取り上げました(関連記事)。

 本書は長篠の戦いに関する諸問題を検証しています。まず、長篠の戦いに関する諸史料がやや詳しく検証されています。価値が高いとされている史料にも問題があることが指摘される一方で、価値が低いとされる史料の見直しが提言されています。次に、軍事面での諸問題が検証されています。当時の軍編成・鉄炮の調達・軍馬の調達と騎馬武者の戦闘形態・陣地の構築・武士の意識といった問題が、おもに武田家と織田・徳川家との比較を中心に取り上げられ、武田家・織田家に限らず戦国時代の軍制と戦術が検証されています。

 通俗的な長篠の戦いに関する見解では、鉄炮を軽視して騎馬戦術に固執した守旧的な武田軍が、鉄炮を重視した先進的な織田・徳川軍に敗れた、とされます。長篠の戦いは、戦国時代の戦闘方法を一変させたという意味で画期的だった、というわけです。しかし本書は、長篠の戦いに関する諸問題の検証から、先進的な織田家と後進的な武田家という把握に説得力はなく、長篠の戦いの結果を先進的・後進的という枠組みで説明することに妥当性がない、と指摘します。

 兵農分離の先進的な織田軍と兵農未分離の後進的な武田軍との対比には根拠がなく、織田家の軍制が他の戦国大名と基本的には変わらなかったことを、本書は明らかにしていきます。軍制や戦術面で大差がないのだとしたら、何が長篠の戦いの勝敗を決したのかというと、それは鉄炮・弾丸・玉薬の調達の難易度と兵数だった、と本書は指摘します。領国規模の違いによる財政的な問題と、地理的要因による海外貿易品の調達の難しさにより、武田軍は鉄炮を軽視していたわけではなかったものの、織田軍と比較して鉄炮の活用の点で見劣りしてしまった、というわけです。

 また、勝頼が織田軍の兵数を過小評価していた可能性が高いことも指摘されています。これと関連して、織田・徳川軍の築いた野戦陣地が、当時としてはありふれたものだったことも、勝頼が織田・徳川軍の陣地へと突撃を命じた要因になっているのではないか、というのが本書の見解です。しかし、弾丸・玉薬の調達という点で織田軍に劣っていた武田軍は早期に鉄炮兵の威力が失われてしまい、さらには兵数で劣っていたこともあり、大敗してしまった、というわけです。さらに、武田軍大敗の一因として、戦功・名誉意識があった可能性も指摘されています。

 本書は、長篠の戦いに限らず、戦国時代の軍制・戦術の再度の見直しも提示しています。1990年代以降、戦国時代には騎馬隊は存在しなかったとか、下馬して戦闘するのが状態だったとかいった、戦国時代の戦闘に関する見直しが提言されてきました。しかし本書は、そうした見直しの動向に問題のあることを指摘しています。当時、特定の装備の兵を集めて部隊を編成することは珍しくなかったので、騎馬武者集団による突撃もあり得たことや、下馬しての戦闘は西国でのことで、東国ではそうではなかった、ということも本書では指摘されています。本書は、長篠の戦いのみならず、戦国時代の軍事に関する一般向け書籍としてもたいへん有益だと言えるでしょう。

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