Kate Wong「狩りでヒトは変わった 人類最初のハンター」

 『日経サイエンス』2014年10月号の解説記事です。この記事は、人類が狩りを始めたのはいつなのか、また、狩りによりどのように変わったのか、という問題を形質人類学や考古学の近年の研究成果に基づいて解説していきます。現代では狩猟を行なう人は少数派でしょうが、更新世の人類は現代よりもはるかに狩猟に依存していたものと思われます(もちろん、集団により比率は異なっていたでしょうが、採集活動もひじょうに重要だったでしょう)。

 では、人類はいつから本格的に狩猟を始めたのかというと、長年に亘って議論が展開されてきました。私はそうした議論の一部の影響を受けたこともあり、近年までは、人類が本格的に狩猟を始めたのはせいぜい100万年前以降であり、それ以前の肉食は基本的に死肉漁りだったのではないか、と考えていました。しかしこの記事は、近年の研究成果を取り上げ、人類の狩猟は一部の研究者が考えていたよりもずっと早くから行なわれていたのではないか、と指摘しています。

 その根拠となるのは、形質人類学と考古学の近年の研究成果です。現代人は一見すると狩猟に相応しくない特徴を有している、と言えるかもしれません。現代人は、狩りを行なう肉食動物よりも素早い動きと力強さの点で劣りますし、狩りを行なう動物のように鋭い牙や鉤爪を有しているわけでもありません。しかし、この記事が指摘するように、優れた認知能力・道具を作るのに必要な器用な手・長距離走に適した体形・投擲に適した腕と肩の構造などにより、人類は長期に亘って陸上で最強の狩猟者として君臨してきました。

 これらの特徴は短期間に一括して出現したのではなく、時間的に分散して現れたようですが、その時期の人類化石は断片的で不足しているので、現時点では詳細は明らかになっていません。これらの特徴のうち、認知能力の向上は形態学的に証明することが難しく、考古学的にも判断の難しいところはありますが、脳容量の増大はその指標になり得るかもしれません。そうだとすると、人類の脳容量の増大は250万~240万年前頃に始まったようなので、現時点では、長距離走や投擲に適した体形よりも先に、認知能力が向上した、と考えるのが妥当なのかもしれません。

 この解説記事では、認知能力の向上についてはほとんど触れられておらず、長距離走に適した体形の出現についても、200万年前頃には備わっていただろう(これと関連して、体毛を失い汗腺が発達したことにより可能となった内蔵型冷却システムは、160万年前頃には備わっていただろう、との見解が紹介されています)、と指摘されている程度で、投擲能力の出現に重きが置かれています。投擲能力の向上は、人類の狩猟の効率を高め、その危険性を低下させた、というわけです。

 この記事は近年の研究成果に基づき、他の生物と比較しての人類の投擲能力の高さを説明します(関連記事)。それは、腰が回転すること・上腕骨のねじれが少ないこと・肩関節窩が上向きの類人猿とは異なり横向きになっていることに由来します。現時点での化石記録によると、これら三つの特徴は短期間に一括して出現したのではなく、時間的に分散して現れたようです。腰が回転すること・上腕骨のねじれが少ないことがアウストラロピテクス属の化石で確認された一方で、肩関節窩が横向きになったのは、200万年前頃(~180万年前頃までの間?)に出現したエレクトス(Homo erectus)以降のようです。

 現代ではある目的のために役立っている形質が、当初からその目的で使用され、それが選択圧となって集団に定着したとは限りません。じっさい、200万年前頃に人類が何らかの飛び道具を使用していた考古学的証拠はまだ確認されていません。この記事の冒頭で少し触れられていますが、現時点では、投槍の最古の証拠は28万年前頃までしかさかのぼりません(関連記事)。弓矢に関しては、61000年前頃までさかのぼる可能性が指摘されています(関連記事)。

 しかしこの記事は、投擲能力の向上と引き換えに、木登りの能力は低下してしまったのだから、投擲能力の向上をもたらすような形態学的変化には、当初から投擲が選択圧として作用したと考える方が妥当だろう、との見解を取り上げています。人類にとって、投擲能力の向上により、狩猟自体が容易になるとともに、獲物を横取りしようとする捕食者を追い払うことも容易になったのではないか、というわけです。投槍はかなり後の年代まで下るかもしれないにしても、200万年前頃の時点ですでに、人類はたとえば石を投げるようになっていたのかもしれません。

 解剖学的に人類の投擲能力が200万年前頃までには向上していたことが明らかになったとしても、じっさいに考古学的証拠が発見されないことには、人類が当時から狩猟を行なっていたのか、不明なままです。この記事では、タンザニアのオルドヴァイ峡谷の180万年前頃の遺跡の事例から、人類は死肉漁りだけではなく狩猟を行なっていただろう、と指摘されています。死肉漁りならば、ヌーのような大型動物を獲得する場合、ライオンのような他の捕食生物の狩りの傾向と一致して年老いた個体が多くなるはずなのに、じっさいには若い個体が多い、というわけです。また、この記事はケニアの遺跡の事例も取り上げ、人類が200万年以上前に持続的な肉食を行なっていたことと、すでに狩猟を行なっていた可能性があることも指摘しています(関連記事)。

 この記事は、人類が肉食と狩猟により大きく変わったことも指摘しています。人類は肉食により効率的に高カロリーを摂取することができるようになり、これは脳容量の増大(をもたらす遺伝的変異の定着)につながりました。また、狩猟により性別分業が進展した可能性や、飛び道具による狩猟により、人類が狩猟から攻撃的な感情を切り離せるようになった可能性も指摘されています。人類の出アフリカは狩猟が導いたものではないか、との見解も提示されており、なかなか興味深いと思います。この記事は、全体的に良質だと思います。


参考文献:
Wong K. (2014A)、『日経サイエンス』編集部訳「狩りでヒトは変わった 人類最初のハンター」『日経サイエンス』2014年10月号

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