カミヘと上昇するヒト 「ヒトガミ信仰」を探る

 今月4日付の読売新聞朝刊の文化面に、表題の佐藤弘夫氏の解説が掲載されていました。佐藤氏には『神国日本』(ちくま新書)という一般向け著書があります。同書を読んだのは8年前のことで、私は大いに感銘を受けました。ただ、ブログを始める前のことで、サイトも長い間実質的には開店休業状態だったこともあり、同書について単独の記事を掲載することはありませんでした。すでに同書を何度か再読してきましたが、いつか、改めて精読したうえで、このブログで詳しく取り上げよう、と考えています。

 本題に戻って読売新聞に掲載された解説についてです。佐藤氏は、人間は「人間を超えた聖なる存在」 を必要とすると指摘し、広義に捉える場合それを「カミ」と表記しています。日本ではカミ観念が時代とともに劇的に変化してきたのであり、日本の神々を「固有の」とか「太古以来の」とか形容するのは妥当ではない、というのが佐藤氏の見解です。このように日本におけるカミの変容を指摘する佐藤氏は、以下のように日本におけるカミ観念を説明します。

 先史時代には畏怖を抱かせる自然現象や動物そのものがカミとされました。縄文時代後期には、霊異を引き起こす抽象的・根源的存在をカミと捉える「カミの抽象化」が起こり、古墳時代になると、カミの「人格化」が進行します。ヒトガミ信仰は、恨みを持った死者の霊を神として鎮める「御霊信仰」よりも前の古墳時代に始まっており、死者が古墳にカミとして祀られました。

 7世紀末には、それまで動き回るとされていたカミが一か所にとどまるようになり、神社が造営され、8世紀には神像も造られるようになりました。中世になると、人々の世界観が変容して「他界」のリアリティーが膨らみ、現世と他界の分離が進行しました。「あの世の神」と「この世の神」が分かれ、阿弥陀仏のような他界の根源神がイメージされた、というわけです。

 しかし、中世後期になると、「草木国土悉皆成仏」というように、現世に仏性が遍在するとされ、万人の中に内なる聖性が発見されました。それとともに「他界」が縮小し始め、根源神の存在感も弱まり出しました。他方、本来は現世のヒトでしかない秀吉・家康のような天下人が神として祀られるようになりました。江戸時代においては、しだいに、義民信仰など普通の民衆までもがカミとされるようになっていきました。

 このように日本におけるカミ観念の変容を概観する佐藤氏は、この延長線上に、戦死者を祀る靖国神社が成立した、と指摘します。江戸時代後期、民衆ですらカミに上昇するようになったのは、人々が身分制社会に息苦しさを感じ、自己肯定・平等性への希求を「民衆をカミにする」ことで実現しようとしたからだ、というのが佐藤氏の見解です。大日本帝国は、この平等性を求める民衆のエネルギーを吸い上げて近代国家を建設していき、その時に出てきたのが「国家のために死ねば(平等に)神になる」という忠魂の思想だった、というわけです。そこでは、天皇は国民が命をささげる対象としての至高の現人神になり、天皇のために死ねば自らも神になれるという論理が持ち出されました。

 第二次世界大戦後、国家によるカミの一元的管理は解消された、と指摘する佐藤氏は、靖国神社を大切にする人の思いは尊重されるべきであるものの、カミは多様であってよく、個人の内面・良心に関わることが国家によって制約されるべきではないので、靖国神社を国家シンボルとして復活させるべきではない、と主張します。一方で佐藤氏は、カミを社会から追い出してしまう近代は「異形」であり、人間しかいない社会はギスギスするとして、人間と人間、集団と集団の関係を滑らかにする「緩衝材」としてのカミの役割を提言しています。佐藤氏はさらに、近年の「ゆるギャラ」ブームも、カミを再創出する動きの一つではないか、と指摘しています。

 この解説は、日本におけるカミ観念の変容を概観するとともに、現代日本社会への提言にもなっており、とくに、近年の「ゆるギャラ」ブームを、カミを再創出する動きの一つとして把握しているのは、たいへん興味深いと思います。人間が「人間を超えた聖なる存在」 を必要とする、との指摘については、人類の進化と絡めて考えていきたい問題です。ただ、とくに更新世については、考古学的証拠からそれを証明するのはかなり難しいでしょう。それでも、調べていくに値する問題だとは思います。

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