ネアンデルタール人絶滅の新たな推定年代

 ネアンデルタール人の絶滅年代に関する研究(Higham et al., 2014)が報道されました。AFPでも報道され、ナショナルジオグラフィックでも報道されました。21世紀になって、ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しが進んでおり(関連記事)、本論文の筆頭著者は、そうした動向の中心的人物の一人であるトム=ハイアム(Tom Higham)博士です。放射性炭素年代測定法では試料汚染により実際よりも新しい年代が出てしまうので、限外濾過法を用いて、試料となる汚染された動物の骨から汚染を受けにくいコラーゲンを精製し、年代を測定する方法が用いられるようになったわけです。

 これにより、一時期の推定よりもネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)の絶滅年代と現生人類(ホモ=サピエンス、解剖学的現代人)のヨーロッパへの進出の年代が繰り上がる傾向にあります。また、一時期は1万年以上とも推定された、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との共存期間についても、それよりは短かったのではないか、と推定されるようになりました。42000年前以降の遺跡は、ネアンデルタール人と判断できるような石器群(たとえばムステリアン)や化石がなければ、その担い手としてネアンデルタール人のみを想定するべきではない、とも提言されています(関連記事)。

 本論文は、スペインからロシアまでの広範囲に亘る後期ムステリアン遺跡40ヶ所を対象に、一部はムステリアンに続く中部旧石器~上部旧石器への移行期的文化とされるウルツィアン・シャテルペロニアン層も対象として、改善された新たな放射性炭素年代測定法を用いて、ネアンデルタール人の絶滅年代およびネアンデルタール人と現生人類との共存期間に関するより正確な年代を提示しています。ただ、中央ヨーロッパのセレッティアンやボフニシアンといった移行期的文化が対象とされていないように、広範囲とはいっても、ロシア・東ヨーロッパの遺跡は1ヶ所で、大半は西ヨーロッパ、とくにスペインとフランスに集中しています。西ヨーロッパ以外では、レヴァントの遺跡も1ヶ所対象になっています。

 本論文は、広範な調査の結果、黒海・レヴァント・大西洋沿岸においてムステリアンが同じような年代に消滅していたことを示します。その年代(本論文の年代はすべて、放射性炭素年代測定法による較正されたものです)は、68.2%の確率で40800~40000年前、95.4%の確率で41030~39620年前です。しかし、これよりも早くムステリアンが終焉した地域もあります。それがイタリアとフランス南西部~スペイン北東部にかけての地域で、前者ではウルツィアンが、後者ではシャテルペロニアンが、45000年頃前にムステリアンに取って代わります。ウルツィアンもシャテルペロニアンも、他地域のムステリアンと同じ頃に終焉します。

 本論文は、ウルツィアンの担い手は現生人類でシャテルペロニアンの担い手はネアンデルタール人だとして、シャテルペロニアンに見られる文化面での革新性は、ネアンデルタール人が現生人類と接触して刺激を受けた、つまり現生人類からネアンデルタール人への文化的伝播があったためでないか、としています。本論文は、ヨーロッパにおいてネアンデルタール人と現生人類とは95.4%の確率で2600~5400年間共存していたので、両集団間で遺伝的交換と同様に文化的・象徴的行動の伝達のための充分な時間があっただろう、と指摘しています。

 しかし、ウルツィアンとシャテルペロニアンの開始年代が近いことから、シャテルペロニアンの担い手が現生人類である可能性も、本論文は想定しています。じっさい、シャテルペロニアンの担い手がネアンデルタール人か現生人類かをめぐっては、議論もあります(関連記事)。しかし、シャテルペロニアンの担い手が現生人類であろうとも、ヨーロッパに進出した現生人類は急速に拡散してネアンデルタール人に取って代わったのではなく、両集団の複雑な共存状況が数千年間続いた、との見解が変わらないことを本論文は指摘しています。

 また本論文は、イベリア半島南部のムステリアンに関しては、高精度な結果が得られなかったことから、その終焉年代については判断を保留しています。イベリア半島南部のムステリアン(本論文というか古人類学における共通認識として、ヨーロッパにおけるムステリアンの担い手はネアンデルタール人のみとされています)は、24000年前頃まで続いた、とする見解も提示されています(関連記事)。しかし本論文は、改善された測定法を適用する前の旧石器時代の年代は実際よりも新しくなる傾向があると指摘し、イベリア半島南部のムステリアン遺跡の正確な年代が判明するまで、ネアンデルタール人の絶滅年代に関して、ヨーロッパの他地域よりもイベリア半島南部の方が遅かったか否か、明らかにはできない、と注意を喚起しています。


 以上、この研究についてざっと見てきました。本論文でもっとも問題となるのは、ウルツィアンの担い手を現生人類と想定して議論を組み立てていることです。じゅうらいはウルツィアンの担い手がネアンデルタール人とされていたものの、現生人類が担い手だったのではないか、と指摘した研究が近年になって公表され(関連記事)、本論文もそれに依拠しています。しかし、ウルツィアンの担い手がネアンデルタール人なのか現生人類なのか、判断を保留している研究者もいます(関連記事)。ウルツィアンの担い手が現生人類と確定したのか、私も疑問に思っています。ウルツィアンの担い手が現生人類という前提が確定しない限り、本論文の見解に説得力を認めることは難しいのではないか、と思います。

 また、本論文でも認められているように、イベリア半島南部のムステリアンの終焉年代は、ヨーロッパの他地域より遅い可能性があります。本論文は、じゅうらいの年代は実際よりも新しい傾向にある、と指摘し、イベリア半島南部のムステリアンの年代も繰り上がる可能性を示唆しています。しかし、たとえば24000年前頃までムステリアンが続いたとされるゴーラム洞窟の年代が、40000年前頃までさかのぼるのかとなると、疑問です。ヨーロッパの中部旧石器時代末期~上部旧石器時代の年代の見直しを進めている中心的人物の一人であるポール=メラーズ博士も、ゴーラム洞窟の大部分の遺物の年代は31000~30000年前頃ではないか、と指摘するに止めています(関連記事)。

 ただ、本論文の見解というかその前提には疑問が残るとしても、ヨーロッパにおいても、ある程度の期間ネアンデルタール人と現生人類とが共存し、接触していた可能性は高いでしょう。本論文は、シャテルペロニアンに見られる「革新性」について、シャテルペロニアンの担い手がネアンデルタール人だとした場合、現生人類からネアンデルタール人への文化的伝播を想定しています。ただ、シャテルペロニアンの担い手がネアンデルタール人だと想定する研究者の一部は、ネアンデルタール人が独自にシャテルペロニアンを発展させた可能性も想定しています(関連記事)。また、ネアンデルタール人と現生人類との接触に関しては、現生人類からネアンデルタール人への一方的な文化的伝播が想定される傾向にあるようですが、ネアンデルタール人から現生人類への文化的伝播の可能性を想定する見解も提示されています(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


古人類学:最後のネアンデルタール人が居た時代
古人類学:ネアンデルタール人の緩やかな排除
 解剖学的現生人類はネアンデルタール人と共存していたのだろうか。この疑問を解こうとする試みは、従来の放射性炭素年代測定法が問題となる共存時期の辺りでちょうど測定限界に達するために、困難になっている。試料の年代が5万年前に近づくと炭素14の残存量がほとんどなくなり、正確な測定結果が得にくくなるのである。T Highamたちは今回、試料の処理法および加速器質量分析による放射性炭素年代測定法を改良し、スペインからロシアまでの範囲にある遺跡40か所のムステリアン石器文化(ネアンデルタール人の存在を示すと考えられている)の最後の出現に基づいて確実な年表を構築した。その結果、ネアンデルタール人の消滅時期は地域によって異なるが、流入した現生人類とは約2600~5400年の長期にわたって共存していたことが示された。この研究は、急速な排除のモデルとは異なるモデル、つまりネアンデルタール人と現生人類の間に数千年間にわたって文化的および生物学的な交流があった可能性を示す複雑な全体像を示唆している。



参考文献:
Higham T. et al.(2014): The timing and spatiotemporal patterning of Neanderthal disappearance. Nature, 512, 7514, 306–309.
http://dx.doi.org/10.1038/nature13621

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