横手慎二『スターリン』

 中公新書の一冊として、中央公論新社から2014年7月に刊行されました。ソ連の通史は何冊か読みましたが、スターリンの伝記を読んだことはなかったので、本書を読んでみました。本書の特徴は慎重というか禁欲的な叙述姿勢です。議論のある問題については、断定的な記述を避けようとする配慮が感じられますし、結論を最初にはっきりと決めたうえで、それに見合うような史料・出来事を都合よく引用するような姿勢に陥らないようにしよう、との配慮も窺えます。

 これは、スターリンの個性・生涯をどう把握するのか、という問題によく現れています。一部のスターリンの伝記は、とにかくスターリンを邪悪な存在として描こうとし、子供の頃からスターリンの残忍で猜疑心と権勢欲の強い性格が表れていた、とされます。しかし本書は、当時のスターリンの置かれた社会状況を重視し、さまざまな経験を通じて、スターリンの性格・世界観が変容していったことと、政治家としての見識・能力が成長していったことを丁寧に叙述しています。スターリンは、子供の頃からどうしようもなく残忍で猜疑心と権勢欲が強かったわけでも、革命家として活動し始めた当初から権力者としてじゅうぶんな見識・能力を備えていたわけでもない、ということです。

 本書の慎重な姿勢は、スターリンに批判的な立場からの証言の評価にも表れています。本書は、スターリンがこれまで想像されていた以上に豊かで多面的な才能を有しており、人生の荒波を経ることにより、その才能の一部が磨かれ、新たなものが付加され、荒々しい相貌が生み出された、と指摘しています。スターリンと母親との関係も、とくべつ親密とまでは言えなくても、なかなか良好なものであり、スターリンが母親にたいして冷酷であったとは言えない、と本書は評価しています。

 本書は、門外漢が日本語で読めるスターリンの伝記として優れており、しばらくは基本文献になるだろう、と思います。派手なところはありませんが、丁寧にスターリンの変容・成長を描き出しており、一般向けの政治家の伝記はかくあるべきだ、とも思います。スターリンのようにひじょうに評判の悪い政治家(本書は、ロシアにおけるスターリンの評価は賛否相半ばするものである、と注意を喚起しています)の伝記では、その政治家を悪魔化して描くこともあり、そうした手法は物語として面白いことが多いため、一般にも浸透しやすいように思います。しかし、ある人物を悪魔化することは、その人物を崇拝することと同様に、その人物の的確な理解から遠ざかることでしょう。

この記事へのコメント

2014年10月08日 20:23
作者はスターリン賛美を遠回しにしたいのでしょう
2014年10月08日 21:16
まあ感じ方は人それぞれですが、私はそのようには解釈していません。

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