米田穣「同位体生態学からみた人類の移動 食生態の進化が支えた人類の拡散」『人類の移動誌』第5章第5節

 今日はもう1本掲載します。印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(関連記事)所収の論文です。本論文は、人類の食生態研究に同位体分析が有効であることを指摘し、近年の「同位体生態学」の研究成果を紹介しています。動物の歯や骨の同位体比分析から、その動物の食生態を推定できる、というわけです。「猿人」については、「頑丈型」も「華奢型」も、森林・草原両方の植物資源を利用していたことが明らかになりました。これにたいしてチンパンジーは、サバンナに近い森林に住んでいても、ほとんど草原植物を利用していなかったことが分かりました。

 人類の進化に肉食が重要な役割を果たしただろうということは以前より指摘されていますが、「猿人」の肉食の証拠は散発的で、「原人」がどの程度肉食に依存していたかも、現時点では評価困難とのことです。「旧人」とされるネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)については、食生態の研究が進んでいます。その結果、ネアンデルタール人は肉食傾向が強く、大型動物をとくに狙って狩猟していたのではないか、と推測されています。現生人類(ホモ=サピエンス)は、同位体分析により、更新世の時点ですでに多様な食資源を利用していたことが推定されており、とくに海洋資源など水産資源の利用が本格的になったことが指摘されています。

 これは、現生人類がアフリカからユーラシア南岸経由でオセアニアまで急速に進出した、とする「湾岸特急仮説」とも関わっています。海洋資源の利用に長けた現生人類は、ユーラシア南岸を短期間で移動できたのではないか、というわけです。しかし、この仮説の考古学的証拠は断片的であることも指摘されています。もっとも、本論文でも紹介されているように、現在では想定される移住経路の多くは海面下だろうから、それこそ「湾岸特急仮説」と符合するのだ、との見解も取り上げられています。


参考文献:
米田穣(2014B)「同位体生態学からみた人類の移動 食生態の進化が支えた人類の拡散」印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(臨川書店)第5章「移動を検証する多様な技術」第5節P315-327

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