伊藤之雄『山県有朋 愚直な権力者の生涯』

 文春新書の一冊として、文藝春秋社より2009年2月に刊行されました。新書としては異例の分量に驚かされました。そのため、新書でありながら、山県の伝記として一般層には充分な質量になっていると思います。山県が病気がちだったことや、明治初期には陸軍をなかなか掌握できず苦労したことや、何度か失脚の危機に遭ったことや、明治時代半ば頃までは伊藤博文と協調しつつ政治家として成長していったことなどが丁寧に描かれており、不勉強な私にとっては得たものが少なからずありました。

 本書の特徴として、山県の個性や内面への言及が多めなのが挙げられます。山県有朋は生真面目で神経質で悲観的で疑い深いものの優しいところもある性格だった、と本書は評価しています。幼い頃に母を亡くし、父も若い頃に亡くなり、祖母は自殺するなどといった不幸な生い立ちが、その性格・人生観に影響を与えていたのではないか、と本書は指摘しています。山県を一言で表現すると愚直がふさわしいだろう、というのが本書の山県の人格についての評価です。

 山県の伝記として充分な質量を誇る本書ですが、山城屋事件についての記述が簡潔だったことはやや残念でした。新書ということで、私はやや醜聞記事めいた解説を期待していたのですが、新書とはいっても、あくまでも学術系であることを重視したのかもしれません。一方で、山城屋事件は、真相が不明ということもあるにしても、本書の描く生真面目な山県像に合致しないので、軽視されたのかな、と邪推したくもなります。もちろん、だからといって本書は山県の欠陥・弱点を指摘していないのではなく、山県は質素を尊ぶ西郷隆盛を敬愛していたにも関わらず、出世して広大な屋敷を購入したのは山県の弱さだったとか、その生真面目な性格もあり、伊藤博文と比較して時世への柔軟さに欠けるところがあった、とかいった評価もなされています。

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