デニソワ人からもたらされたチベット人の高地適応遺伝子

 チベット人の高地適応遺伝子はデニソワ人(種区分未定)からもたらされた、とする研究(Huerta-Sánchez et al., 2014)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。チベット人の高地への適応に関する遺伝学的研究はこれまでにも発表されており、このブログでも取り上げたことがあります(関連記事)。この研究が取り上げたのは、チベット人の高地適応に関係する遺伝子「EPAS1」で、チベット人に見られる変異は血中のヘモグロビン値を低く抑え、高地への適応を高めます。

 この研究は、40人のチベット人および40人の漢人における「EPAS1」の周囲の領域を再配列し、チベット人がひじょうに珍しいハプロタイプ構造を有しており、それがデニソワ人とチベット人にのみ存在し、漢人の間ではひじょうに低頻度にしか存在しないことを明らかにしています。このハプロタイプの構造がたいへん珍しく、基本的にはデニソワ人とチベット人との間にのみ共有されていることから、デニソワ人からチベット人(の祖先)へと交雑によりもたらされたと考えるのが妥当だろう、とこの研究は主張しています。

 すでに有力な見解になりつつありますが、現代人(の主要な遺伝子源となった祖先集団)がネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)やデニソワ人のような他の人類種との交雑により、新たな環境への適応度を高める遺伝的変異を獲得してきた、という人類進化図をこの研究も改めて支持しています。今後も、地域的な適応をもたらしている現代人の遺伝子のなかに、ネアンデルタール人やデニソワ人に由来するものが発見されていく可能性が高いと思います。ただ、現生人類(ホモ=サピエンス)アフリカ単一起源説の代表的論者であるクリス=ストリンガー(Chris Stringer)氏は、「EPAS1」遺伝子がデニソワ人とチベット人とで同じように機能したかは分からない、と指摘しています。

 この研究に参加したラスムス・ニールセン(Rasmus Nielsen)氏は、文化面の移入もあったかもしれない、と指摘しています。現生人類への他系統の人類からの文化面の移入となると、おそらく現時点では否定的な見解の方が優勢でしょう。ただ、ネアンデルタール人から現生人類への文化的伝播も指摘されていますし(関連記事)、下部・中部旧石器と上部旧石器との区別をつけにくいとされる東南アジアの事例(関連記事)からは、現生人類が先住の他系統の人類から文化的影響を受けた可能性も想定されます(もちろん、そうでない可能性も充分あるわけですが)。


参考文献:
Huerta-Sánchez E. et al.(2014): Altitude adaptation in Tibetans caused by introgression of Denisovan-like DNA. Nature, 512, 7513, 194–197.
http://dx.doi.org/10.1038/nature13408

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