『天智と天武~新説・日本書紀~』第46話「帆柱」
『ビッグコミック』2014年8月10日号掲載分の感想です。前回は、甲板に上がった大海人皇子が、茫然と立ち尽くす中大兄皇子に気づくところで終了しました。今回は、蘇我石川麻呂とその遺志を継いだ大海人皇子の依頼により蘇我入鹿を模した仏像(現在では法隆寺夢殿に安置されている救世観音像)を作った新羅の仏師が、脱出用の小型船から大海人皇子に避難を呼びかける場面から始まります。
新羅の仏師に避難を呼びかけられた大海人皇子ですが、自分はここでやるべきことがあると言い、祖国が目前の仏師に早く避難するよう促します。心配する仏師に、自分には仏師の掘った父(蘇我入鹿)の観音像がついている、達者でな、と大海人皇子は別れの言葉をかけます。大海人皇子が異父兄の中大兄皇子声をかけると、中大兄皇子は激昂した表情で、私は負けない、勝負はこれからだ、と言って折れた帆柱を登り始め、唐水軍の巨大船に乗り込もうとします。
その様子を見た唐水軍の兵士たちは矢を射かけ、中大兄皇子の鎧に突き刺さり、さらには矢により髪もほどけていまいますが、それでも中大兄皇子は憤怒の表情で帆柱を登り続けます。この様子に唐水軍の兵士たちは気味悪がって怯え、大海人皇子も茫然と眺めていました。唐水軍の巨大船には劉仁軌と扶余隆がいました。見事に戦略がはまりましたな、と扶余隆が話しかけると、霧のおかげで倭(日本)水軍をうまく引き入れられて、鉄板で覆った巨大戦艦二艘での挟み撃ちができた、天も我々に味方したのだ、と劉仁軌は言います。
下の方が騒がしいことに気づいた劉仁軌に、倒れた帆柱を登ってこちらに乗り込もうとしている輩がいる、と兵士が報告します。劉仁軌も扶余隆も中大兄皇子の顔を知らないので、中大兄皇子の鎧が立派なことから、倭水軍の司令官だろう、と推測します。劉仁軌は兵士に、巨大な石を中大兄皇子にぶつけるよう命じます。中大兄皇子を引き戻そうと帆柱を登ってきた大海人皇子はそれに気づき、危ういところで中大兄皇子を抱きかかえて海中に飛び込みます。
中大兄皇子は意識を失って海中に沈んでいき、大海人皇子は中大兄皇子を抱きかかえて海に漂う船板へと運び上げます。意識を取り戻し、唐水軍の巨大船に乗り込んで総大将の首を取る、となおも息巻く中大兄皇子を、大海人皇子は必死に押さえつけて縄で縛ります。放せ、と喚く中大兄皇子の口を大海人皇子が塞ぎます。その近くを通った唐水軍の兵士たちに見つけられないようにするためでした。唐水軍の兵士たちも、倭水軍の残骸と死体を見て、中大兄皇子(唐水軍の兵士たちは、帆柱を登っていたのが中大兄皇子だとは知らないわけですが)は生きていないだろう、と判断します。
唐水軍の兵士たちが去った後、余計なことをするな、死のうがどうしようが自分の勝手だ、と中大兄皇子は大海人皇子に怒鳴ります。すると大海人皇子は激怒し、目を開けてよく見ろ、兄上の作りだした地獄だ、それでも勝手と言い張るつもりなのか、と中大兄皇子を叱ります。中大兄皇子の眼前は、倭水軍の残骸と戦死した多数の兵士たちの死骸で埋め尽くされていました。その頃、白村江の戦いでの倭水軍惨敗の様子を、唐に幽閉されている豊璋が見ていました。何もかも終わった、と豊璋が愕然としているところで今回は終了です。
今回も白村江の戦いの描写が続き、詳しく描かれるだろうな、と予想はしていたものの、かなり引っ張っています。次回も中大兄皇子と大海人皇子の脱出劇が描かれるでしょうから、倭に戻ってある程度落ち着くのは、次々回以降になるのかもしれません。今回は、中大兄皇子の狂気というか、中大兄皇子が壊れてしまったことが主題になっていました。このところの話の展開からして、中大兄皇子が一度壊れること(母と入鹿との関係を知った子供の頃と、母を絞殺した2年前の2回、すでに壊れてしまった、と言えるかもしれませんが)は予想していましたが、それにしても壊れ過ぎだろう、との感は否めません。
中大兄皇子がこれまでに見せてきた狂気・激情と、神の庇護を受けていると増長していった様子からして、今回の行動が不自然だとまでは思わないのですが、一方で中大兄皇子は、激情のあまり母の斉明帝を絞殺しても、すぐにアリバイ工作を思いついて実行できるだけの怜悧な頭脳の持ち主でもあります。難波から飛鳥への還都のさいや、蘇我赤兄を使って有間皇子を罠に嵌めたさいには、大海人皇子を出し抜いたこともあります。ここは、状況を把握してすぐに脱出し、次の手を打つ、という流れでもよかったのではないか、とも思います。
おそらく今後も、中大兄皇子は近江への遷都や戸籍の作成(庚午年籍)などを主導し、その死まで最高権力者として君臨するのでしょうが、積極的に派兵を主張し、自身が直接援軍を率いたうえでの大惨敗となると、中大兄皇子の権威の低下は避けられないでしょう。まあ、今回の醜態は倭国側では大海人皇子しか気づいていないかもしれませんから、中大兄皇子が権勢を維持するうえで致命的な問題にはならないようですが、ここは、中大兄皇子が派兵を主張してある援軍も送ったものの、百済復興軍の内紛などにより百済復興には失敗した、という程度にとどめておいた方がよかったのではないか、とも思います。
作中での白村江の戦いでの描写と、中大兄皇子が(かなりの打撃は避けられないにしても)今後も権勢を維持し、最高権力者として君臨し続けるだろうこととがどう結びつけられていくのか、楽しみでもあり、やや不安でもあります。また、神の庇護を受けていると増長していった中大兄皇子が今回のように壊れてしまったわけで、この精神的打撃からどう立ち直っていくのか、ということも注目です。中大兄皇子の孤独と心の闇を理解している額田王が中大兄皇子の心の傷を癒すのではないか、と私は予想しているのですが、中大兄皇子がここまで醜態を晒してしまったとなると、説得力のある立ち直りの描写になるのか、やや不安です。
命がけで異父兄の中大兄皇子を救った大海人皇子が、今後中大兄皇子とどのような関係を築いていくのか、ということも注目されます。大海人皇子にとって中大兄皇子は父(蘇我入鹿)の仇であり、復讐を誓っているのですが、中大兄皇子を殺すのではなく、中大兄皇子を失脚させ、父の理想を実現して父の名誉回復を達成することが当面の目的なのかな、とも思います。白村江の戦いでの惨敗とその後の脱出劇により、この異父兄弟が和解することはないでしょうが、力関係も含めて、大きな変化が生じるのではないか、と予想しています。
中大兄皇子・大海人皇子兄弟以上に気になるのが、今回最後に登場した豊璋です。祖国百済の繁栄・存続、百済滅亡後は百済復興にその身を捧げ、蘇我入鹿の殺害も実行した豊璋は、白村江の戦いでの倭水軍の惨敗により、百済復興の希望が潰えたことを悟って、愕然としていました。作中では豊璋と藤原(中臣)鎌足が同一人物という設定になっていますから、人生の目的を失ってしまった豊璋がどのような動機・経緯で倭に戻るのか、大いに注目しています。
中大兄皇子・大海人皇子兄弟は戦場の混乱のなか脱出した、と描けそうですが、唐に捕われて気力を喪失した感のある豊璋がこれから倭に戻るとなると、どのような話になるのでしょうか。倭で大海人皇子に匿われている、息子の不比等の身を案じて、という話になるのかもしれません。あるいは、豊璋の兄の扶余隆が、唐だけではなく倭でも百済王族の血を残そうとして、あえて豊璋を解放して倭に帰還させるのでしょうか。豊璋は、高句麗に逃げた(『日本書紀』)とも、行方不明になった(『新唐書』)とも言われていますから、色々と創作の余地がありそうです。
鎌足の娘たちのうち、氷上娘・五百重娘が大海人皇子の妻に、耳面刀自が大友皇子の妻になったとされていますから、豊璋は茫然自失の状態から立ち直り、中大兄皇子(天智帝)の死後を見据えて、姻戚関係を築こうとしていた、という話になりそうな気がします。すでに大海人皇子と豊璋の接近も描かれてきましたが、今後は、両者の距離がさらに縮まるのかもしれません。大海人皇子が酒宴で槍を板に突き刺し、中大兄皇子(天智帝)が激怒して大海人皇子を殺そうとしたところ、中臣鎌足がとりなした、という有名な逸話が作中ではどのように描かれるのか、楽しみです。
新羅の仏師に避難を呼びかけられた大海人皇子ですが、自分はここでやるべきことがあると言い、祖国が目前の仏師に早く避難するよう促します。心配する仏師に、自分には仏師の掘った父(蘇我入鹿)の観音像がついている、達者でな、と大海人皇子は別れの言葉をかけます。大海人皇子が異父兄の中大兄皇子声をかけると、中大兄皇子は激昂した表情で、私は負けない、勝負はこれからだ、と言って折れた帆柱を登り始め、唐水軍の巨大船に乗り込もうとします。
その様子を見た唐水軍の兵士たちは矢を射かけ、中大兄皇子の鎧に突き刺さり、さらには矢により髪もほどけていまいますが、それでも中大兄皇子は憤怒の表情で帆柱を登り続けます。この様子に唐水軍の兵士たちは気味悪がって怯え、大海人皇子も茫然と眺めていました。唐水軍の巨大船には劉仁軌と扶余隆がいました。見事に戦略がはまりましたな、と扶余隆が話しかけると、霧のおかげで倭(日本)水軍をうまく引き入れられて、鉄板で覆った巨大戦艦二艘での挟み撃ちができた、天も我々に味方したのだ、と劉仁軌は言います。
下の方が騒がしいことに気づいた劉仁軌に、倒れた帆柱を登ってこちらに乗り込もうとしている輩がいる、と兵士が報告します。劉仁軌も扶余隆も中大兄皇子の顔を知らないので、中大兄皇子の鎧が立派なことから、倭水軍の司令官だろう、と推測します。劉仁軌は兵士に、巨大な石を中大兄皇子にぶつけるよう命じます。中大兄皇子を引き戻そうと帆柱を登ってきた大海人皇子はそれに気づき、危ういところで中大兄皇子を抱きかかえて海中に飛び込みます。
中大兄皇子は意識を失って海中に沈んでいき、大海人皇子は中大兄皇子を抱きかかえて海に漂う船板へと運び上げます。意識を取り戻し、唐水軍の巨大船に乗り込んで総大将の首を取る、となおも息巻く中大兄皇子を、大海人皇子は必死に押さえつけて縄で縛ります。放せ、と喚く中大兄皇子の口を大海人皇子が塞ぎます。その近くを通った唐水軍の兵士たちに見つけられないようにするためでした。唐水軍の兵士たちも、倭水軍の残骸と死体を見て、中大兄皇子(唐水軍の兵士たちは、帆柱を登っていたのが中大兄皇子だとは知らないわけですが)は生きていないだろう、と判断します。
唐水軍の兵士たちが去った後、余計なことをするな、死のうがどうしようが自分の勝手だ、と中大兄皇子は大海人皇子に怒鳴ります。すると大海人皇子は激怒し、目を開けてよく見ろ、兄上の作りだした地獄だ、それでも勝手と言い張るつもりなのか、と中大兄皇子を叱ります。中大兄皇子の眼前は、倭水軍の残骸と戦死した多数の兵士たちの死骸で埋め尽くされていました。その頃、白村江の戦いでの倭水軍惨敗の様子を、唐に幽閉されている豊璋が見ていました。何もかも終わった、と豊璋が愕然としているところで今回は終了です。
今回も白村江の戦いの描写が続き、詳しく描かれるだろうな、と予想はしていたものの、かなり引っ張っています。次回も中大兄皇子と大海人皇子の脱出劇が描かれるでしょうから、倭に戻ってある程度落ち着くのは、次々回以降になるのかもしれません。今回は、中大兄皇子の狂気というか、中大兄皇子が壊れてしまったことが主題になっていました。このところの話の展開からして、中大兄皇子が一度壊れること(母と入鹿との関係を知った子供の頃と、母を絞殺した2年前の2回、すでに壊れてしまった、と言えるかもしれませんが)は予想していましたが、それにしても壊れ過ぎだろう、との感は否めません。
中大兄皇子がこれまでに見せてきた狂気・激情と、神の庇護を受けていると増長していった様子からして、今回の行動が不自然だとまでは思わないのですが、一方で中大兄皇子は、激情のあまり母の斉明帝を絞殺しても、すぐにアリバイ工作を思いついて実行できるだけの怜悧な頭脳の持ち主でもあります。難波から飛鳥への還都のさいや、蘇我赤兄を使って有間皇子を罠に嵌めたさいには、大海人皇子を出し抜いたこともあります。ここは、状況を把握してすぐに脱出し、次の手を打つ、という流れでもよかったのではないか、とも思います。
おそらく今後も、中大兄皇子は近江への遷都や戸籍の作成(庚午年籍)などを主導し、その死まで最高権力者として君臨するのでしょうが、積極的に派兵を主張し、自身が直接援軍を率いたうえでの大惨敗となると、中大兄皇子の権威の低下は避けられないでしょう。まあ、今回の醜態は倭国側では大海人皇子しか気づいていないかもしれませんから、中大兄皇子が権勢を維持するうえで致命的な問題にはならないようですが、ここは、中大兄皇子が派兵を主張してある援軍も送ったものの、百済復興軍の内紛などにより百済復興には失敗した、という程度にとどめておいた方がよかったのではないか、とも思います。
作中での白村江の戦いでの描写と、中大兄皇子が(かなりの打撃は避けられないにしても)今後も権勢を維持し、最高権力者として君臨し続けるだろうこととがどう結びつけられていくのか、楽しみでもあり、やや不安でもあります。また、神の庇護を受けていると増長していった中大兄皇子が今回のように壊れてしまったわけで、この精神的打撃からどう立ち直っていくのか、ということも注目です。中大兄皇子の孤独と心の闇を理解している額田王が中大兄皇子の心の傷を癒すのではないか、と私は予想しているのですが、中大兄皇子がここまで醜態を晒してしまったとなると、説得力のある立ち直りの描写になるのか、やや不安です。
命がけで異父兄の中大兄皇子を救った大海人皇子が、今後中大兄皇子とどのような関係を築いていくのか、ということも注目されます。大海人皇子にとって中大兄皇子は父(蘇我入鹿)の仇であり、復讐を誓っているのですが、中大兄皇子を殺すのではなく、中大兄皇子を失脚させ、父の理想を実現して父の名誉回復を達成することが当面の目的なのかな、とも思います。白村江の戦いでの惨敗とその後の脱出劇により、この異父兄弟が和解することはないでしょうが、力関係も含めて、大きな変化が生じるのではないか、と予想しています。
中大兄皇子・大海人皇子兄弟以上に気になるのが、今回最後に登場した豊璋です。祖国百済の繁栄・存続、百済滅亡後は百済復興にその身を捧げ、蘇我入鹿の殺害も実行した豊璋は、白村江の戦いでの倭水軍の惨敗により、百済復興の希望が潰えたことを悟って、愕然としていました。作中では豊璋と藤原(中臣)鎌足が同一人物という設定になっていますから、人生の目的を失ってしまった豊璋がどのような動機・経緯で倭に戻るのか、大いに注目しています。
中大兄皇子・大海人皇子兄弟は戦場の混乱のなか脱出した、と描けそうですが、唐に捕われて気力を喪失した感のある豊璋がこれから倭に戻るとなると、どのような話になるのでしょうか。倭で大海人皇子に匿われている、息子の不比等の身を案じて、という話になるのかもしれません。あるいは、豊璋の兄の扶余隆が、唐だけではなく倭でも百済王族の血を残そうとして、あえて豊璋を解放して倭に帰還させるのでしょうか。豊璋は、高句麗に逃げた(『日本書紀』)とも、行方不明になった(『新唐書』)とも言われていますから、色々と創作の余地がありそうです。
鎌足の娘たちのうち、氷上娘・五百重娘が大海人皇子の妻に、耳面刀自が大友皇子の妻になったとされていますから、豊璋は茫然自失の状態から立ち直り、中大兄皇子(天智帝)の死後を見据えて、姻戚関係を築こうとしていた、という話になりそうな気がします。すでに大海人皇子と豊璋の接近も描かれてきましたが、今後は、両者の距離がさらに縮まるのかもしれません。大海人皇子が酒宴で槍を板に突き刺し、中大兄皇子(天智帝)が激怒して大海人皇子を殺そうとしたところ、中臣鎌足がとりなした、という有名な逸話が作中ではどのように描かれるのか、楽しみです。
この記事へのコメント