ドマニシ人をめぐる研究動向

 まだ日付は変わっていないのですが、7月22日分の記事として掲載しておきます。人類の進化についてもう6年以上、基本的にはこのブログで個別の研究を取り上げてきただけなので、そろそろある程度まとめも進めて、諸見解を整理していこう、と考えています。そうした意図から、まずアメリカ大陸への人類の移住をめぐる研究動向についてまとめてみました(関連記事)。今回は、おもにこのブログで取り上げたドマニシ人に関する研究についてまとめてみます。ドマニシ人はグルジアで発見され、現時点では最古の非アフリカ地域の人類となります。

 ドマニシ人の解剖学的特徴は、アウストラロピテクス属的な原始的特徴と、ホモ属的な派生的特徴との混在(関連記事)です。ドマニシ人の脳容量は600~780㎤とされていましたが(関連記事)、その後、546㎤の個体も確認されました(関連記事)。こうした形態学的特徴を有するドマニシ人を人類進化の系統樹に位置づけることは難しく、さまざまな可能性が想定されます。ドマニシ人を独立した種として区分するのか、それともホモ=エレクトスの多様性を反映した地域的適応と考えるのか、まだ共通認識は形成されていない状況でしょう。ドマニシ人を独立した種として区分する場合、ホモ=グルジクス(ゲオルギクス、ジョルジクス)と呼ぶことが多いようです。

 ドマニシ人の年代は、近年の研究により185万年前近くまでさかのぼることが明らかになっています(関連記事)。アフリカにおけるエレクトスの出現(アフリカの初期エレクトスを他地域・後代のエレクトスと区別してエルガスターと分類する見解もあります)を180万年前頃と考えると、ドマニシ人にアウストラロピテクス属とエレクトスの特徴が混在していることからして、エレクトスの進化はユーラシアで起きたのであり、ドマニシ人はエレクトスの祖先たる(ホモ=ハビリス的な)人類とエレクトスの中間種なのだ、とも考えられます。

 しかし、アフリカにおけるエレクトスの年代はもっとさかのぼる可能性もありますから、ドマニシ人はエレクトスとの共通祖先から分岐し、早期にアフリカよりユーラシアへ進出した人類集団である、とも考えられます。ドマニシ人とエレクトスの食性の類似性を指摘する見解もありますが(関連記事)、現時点での証拠からは、ドマニシ人を人類進化の系統樹のどこに位置づけるべきなのか、断定はできないでしょう。

 ドマニシ人も含めて、ハビリスやルドルフェンシスやエレクトスも同一系統に属する、との見解も提示されていますが(関連記事)、これには反論があります(関連記事)。私は、ドマニシ人が220万~200万年前頃にエレクトスとの共通祖先から分岐し、190万年前頃よりユーラシアへと進出を始めた可能性が高いのではないか、と考えています。現時点での証拠からは、ドマニシ人の系統が初めてアフリカからユーラシアへ進出した人類である可能性は高そうですが、別系統の人類がもっと早期にユーラシアへ進出した可能性も想定しておかねばならないでしょう。

 人類進化系統樹におけるドマニシ人の位置づけとも関連しますが、ドマニシ人の系統がその後どうなったのかも、気になるところです。ドマニシ人は火山噴火により絶滅したのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。ドマニシ周辺の180万年前頃の人類はこれにより絶滅したのかもしれませんが、生き延びたり、絶滅前に一部が他地域に進出したりして、別の人類集団として存続した可能性もあります。

 ドマニシ人の子孫候補として考えられるのが、更新世フローレス島人(ホモ=フロレシエンシス)です。ただ、フロレシエンシスの祖先がどのような人類だったのか、現在でも議論が続いている状況なので(関連記事)、ドマニシ人がフロレシエンシスの祖先なのか、断定はできません。私は、フロレシエンシスはエレクトスから進化し、島嶼化により小型化した可能性が高いと考えているので、フロレシエンシスはドマニシ人の直系子孫ではないと思います。

 イベリア半島北部で発見された120万~110万年前頃の女性と推定される人骨は、ドマニシ人との解剖学的特徴の関連が指摘されています(関連記事)。ドマニシ人の系統が西方まで進出し、100万年前頃まで生存していた可能性も考えられますが、両者をつなぐ中間の地域・年代の人骨が欠けているので、現時点では、両者の直接的な系統関係を想定するのは難しいでしょう。

 ドマニシ人に共伴した石器は「段階I」のオルドワン(オルドヴァイ文化)であり(関連記事)、現時点では「段階II」のアシューリアン(アシュール文化)石器は共伴していません。アシューリアンの起源は現時点では176万年前頃までさかのぼります(関連記事)。今後、アシューリアンの起源がさらにさかのぼる可能性はありますが、現時点では、ドマニシ人はアシューリアンを知らずにアフリカからユーラシアへ進出した、と考えるのが妥当でしょう。

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