亀田俊和『南朝の真実 忠臣という幻想』

 歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2014年6月に刊行されました。ネットで評判になっていたので、読んでみました。めったに歴史文化ライブラリーを入荷することのない近所の書店に置いてあったので、渋谷・新宿・池袋にまで出かけたり立ち寄ったりすることなく購入できたのは幸いでした。評判がよいということで、入荷されたのでしょうか。本書は、今でも一般には根強いかもしれない、南朝の構成員の方が北朝のそれより道徳的にはるかに優れている、との歴史認識を検証しています。戦後の一般向け通史などでも、北朝の内紛はもちろんのこと、南朝の内紛も描かれてきました。しかし本書は、南朝の内紛を主題にしたという点で、一般向けとはいえ貴重な一冊になった、と言えるかもしれません。ただ、「忠臣」の定義が曖昧というか、融通無碍なところがあるように見えたのは気になりました。

 南北朝時代の動向には複雑なところがあり、戦後になって南北朝時代の人気が低迷しているのは、戦前の皇国史観で持ち上げられたことへの反動だけではなく、なぜ北朝(足利政権)が軍事的には(経済的にも)圧倒的に優勢なのに対立が長く続いたのか、という疑問も含めて、複雑で理解しにくいためでもあるのかもしれません。そのような南北朝時代を扱った本書の特徴は、南北朝時代にそれなりに関心はあっても疎い私も一気に読み進められたくらい、とにかく読みやすくて分かりやすいことです。一般向けということで著者がそう心がけているのでしょうが、それにしても一般向け歴史書としては際立っていると思います。だからといって、内容が低水準ということもなく、重要な論点も提示して興味深い内容になっています。

 建武政権が皇国史観で賛美されたような賞賛すべき美しい政権でも、戦後になって一般的に言われたような武士を軽視した単なる復古反動政権でもなく、時代を先取りしたところがあり、その政策の一部は室町幕府にも継承されていったことや、武士の利益に最大限配慮し、皇族や公家層が強く反発したことなど、戦後の一般的な認識での建武政権像を転換させるような見解が本書では提示されています。また、北朝(足利政権)の内紛もひどいものの、より史料の少ない南朝の内紛もそれに負けず劣らず深刻であることも指摘されており、現在でも一部で根強いだろう南朝忠臣史観も否定されています。さらに、政治情勢から結果的に内紛を起こさなかっただけで、南朝には有力な潜在的な反乱勢力(北条時行や懐良親王)がいたことも指摘されています。

 本書を読むと、鎌倉時代後半~南北朝時代が分裂・内紛の契機をずっと抱えつつ進んでいったことがよく分かります。南北朝時代に関心のある人にはよく知られていることでしょうし、本書でも取り上げられていますが、後醍醐天皇は当初大覚寺統でも嫡流ではなく中継ぎ的立場で、大覚寺統が2系統どころか3~4系統に分裂しつつあり、後醍醐天皇の息子たちの間でも顕在的・潜在的対立があったことも指摘されています。対する持明院統も、同様に分裂の契機を抱えていました。これは皇族だけではなく、武士勢力も同様ではありますが。つねに分裂する力が働いていたのが、南北朝時代の特徴のようにも思われます。

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