ネアンデルタール人とデニソワ人のDNAメチル化地図

 ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)とデニソワ人(種区分未定)のDNAメチル化地図についての研究(Gokhman et al., 2014)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。この研究は、ネアンデルタール人の高精度のゲノム配列を確定した研究成果(関連記事)を利用し、ネアンデルタール人とデニソワ人のじゅうぶんなDNAメチル化地図の復元に成功した、と報告しています。DNAメチル化はエピジェネティックな現象(DNA塩基配列の変化を伴わない後成的な遺伝子発現の変化)の仕組みの一つであり、大いに注目されている分野と言えるでしょう。

 この研究は、ネアンデルタール人とデニソワ人のDNAメチル化地図と現代人(現生人類、ホモ=サピエンス)のそれとを比較し、2000程度の特異にメチル化した領域を特定しました。この比較においてとくに注目されるのは、動物の胚発生の初期に働くホメオティック遺伝子群のHOXDクラスターにおいて、かなりのメチル化の違いが確認されたことです。ネアンデルタール人・デニソワ人という絶滅人類の片方もしくは両方で停止している(オフ)遺伝子が現代人では活性化(オン)していたり、その逆の例があったりした、というわけです。ホメオティック遺伝子群は四肢の形態・サイズに関わってきますから、現生人類とネアンデルタール人との体格の違い(華奢な前者と頑丈な後者)のいくつかは、DNAメチル化に起因するのかもしれません。

 またこの研究では、自閉症・統合失調症・アルツハイマー病などの精神障害に関わる遺伝子において、ネアンデルタール人の場合はほとんどがメチル化により遺伝子の発現が停止しており、現代人との大きな違いになっていることも判明しました。そのため上記報道では、それらの精神障害に関わる遺伝子は有害な側面をもたらしつつも、その主要な効果は現生人類をネアンデルタール人と区別するような脳の飛躍的発展だった可能性がある、と指摘されています。これにより、現生人類とネアンデルタール人との認知能力に大きな違いが生じ、それが現生人類の繁栄とネアンデルタール人の絶滅の一因になった、という解釈に結びつけることも可能でしょう。

 現生人類アフリカ単一起源説の代表的論者であるクリス=ストリンガー博士は、この研究を先駆的で注目すべき解明だとたいへん高く評価し、この研究の論文でも、絶滅種のエピゲノムを調べる道を開拓した、との意義が指摘されています。ただ、上記報道でも指摘されているように、個人のエピゲノムは食性・環境・他の要因により著しく変化し得るので、ネアンデルタール人の遺伝子で発見された活性・不活性(オン・オフ)のパターンがネアンデルタール人集団全体に当てはまるのか、それともこの研究が対象としたネアンデルタール人個人に特有なのか、まだ判断は困難です。この問題の解決のためには、今後、ネアンデルタール人のゲノム解析の数を蓄積していく必要があるでしょう。


参考文献:
Gokhman D. et al.(2014): Reconstructing the DNA Methylation Maps of the Neandertal and the Denisovan. Science, 344, 6183, 523-527.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1250368

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック