アメリカ大陸への人類の移住をめぐる研究動向

 先日、アメリカ大陸への人類の移住に関する記事をまとめました(関連記事)。人類史について私見をまとめてから6年以上経過し、その後に掲載した記事がかなりの本数になってきたので、そろそろ主題ごとに少しずつ整理しようと思い、その準備の一環としてアメリカ大陸への人類の移住に関する記事をまとめた、というわけです。アメリカ大陸への人類の移住をめぐる研究動向については、以前2011年頃までの研究を概観した解説を取り上げたことがありますので(関連記事)、この記事ではその後の見解について簡潔にまとめることにします。

 アメリカ大陸への人類最初の移住については、20世紀後半~近年までクローヴィス最古説が主流でした。しかし近年になって、アメリカ大陸におけるクローヴィス文化以前の人類の痕跡が相次いで報告されていることから、クローヴィス最古説を否定する研究者が増えつつあり、クローヴィス最古説はもはや否定された過去の仮説と言ってよいでしょう。しかし、だからといってこの問題に関して新たな共通認識が形成されたとも言い難い状況であり、流動的なところが多分にあるのは否定できません。

 アメリカ大陸への人類の移住については、アジアからの3回の大きな波があった、とする見解が提示されています(関連記事)。ただ、多くのアメリカ大陸先住民は第1波の移住集団の子孫で、第2波と第3波の移住集団から大きな遺伝的影響を受けているのは、おもに高緯度地帯の先住民のようです。この見解では、アメリカ大陸への最初の移住者は、ベーリンジア(ベーリング陸橋)から北アメリカ大陸へと進出し、南アメリカ大陸へはそこから海岸沿いに南方へと展開していったのではないか、と推定されています。この沿岸仮説は、アメリカ大陸への人類の拡散についての有力説になりつつあります。

 このように、アジア(ユーラシア北東部)→ベーリンジア→北アメリカ大陸→南アメリカ大陸という移住経路が、現在では有力視されつつあります。この仮説と関連して、人類はアメリカ大陸へと進出する前にベーリンジアに一定以上の期間留まっていたのではないか、との見解(ベーリンジア潜伏モデル)が支持を集めつつあるように思われます。このベーリンジア潜伏モデルでは、最終氷期最盛期(放射性炭素年代測定法による較正年代で28000~18000年前頃)を含む寒冷期に人類はベーリンジアに1万年程度留まり、その後にアメリカ大陸へと進出したのではないか、と推測されています(関連記事)。

 ベーリンジア潜伏モデルでは、最終氷期最盛期のベーリンジアと現在のアラスカやシベリア北東部の環境とは異なっており、当時のベーリンジアが人類の居住に適していたことが指摘されます。現在の環境から当時の環境を安易に想像してしまうのは危険であり、たとえば、最終氷期最盛期の北極圏の植物相・動物相は現在とは大きく異なっており、最終氷期最盛期以降の植物相の変化が大型動物絶滅の一因だった、と指摘する見解もあります(関連記事)。

 このベーリンジア潜伏モデルは、上述したように人類のアメリカ大陸への進出を最終氷期最盛期以降と想定しているのですが、南アメリカ大陸のウルグアイで30000~27000年前頃の人類の痕跡が確認された、と主張する見解も提示されています(関連記事)。これが事実だとすると、ベーリンジア潜伏モデルの見直しが必要となるでしょう。これまでの遺伝学の研究成果からすると、最終氷期最盛期以前にアメリカ大陸へと進出した人類集団が存在したとしても、それは例外的であり、現在のアメリカ大陸先住民への遺伝的影響はほとんどなさそうです。この問題については、今後類例の発見が蓄積されていき、ある程度以上検証が進められないと、確たることは言えないでしょう。

 上述したように、クローヴィス最古説はほぼ否定された状況ですが、ではどのような集団が最初にアメリカ大陸へと進出していったのかというと、まだ曖昧なところが多分にあります。アメリカ合衆国北西部では、クローヴィス文化と同時期かそれにやや先行するクローヴィス文化とは個別に発展したと考えられる文化が確認されています(関連記事)。このことから、アメリカ大陸への人類の最初期の進出は、文化的に異なる複数の集団によってなされたのではないか、との見解も提示されています。

 ただ、クローヴィス最古説が否定されたからといっても、クローヴィス文化の重要性が否定されたわけではありません。クローヴィス文化の担い手と、現代のアメリカ大陸先住民の多くとの密接な遺伝的関係が推定されています(関連記事)。また、アメリカ大陸先住民の遺伝的起源については、現代東アジア人との共通祖先集団だけではなく、ユーラシア西部の集団にも由来する可能性が指摘されています(関連記事)。そうだとすると、アメリカ大陸先住民は東アジア人と近縁とされているのに、アメリカ大陸の最初期の人類集団の頭蓋は東アジア人のそれと似ていないという疑問と、アメリカ大陸先住民のミトコンドリアDNAに、西ユーラシアで見られて東アジアでは見られないハプログループXが見られる、という疑問も解消されそうです。

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