過去5万年間の北極圏における植物相と大型動物の食性の変遷
過去5万年間の北極圏における植物相と大型動物の食性の変遷についての研究(Willerslev et al., 2014)が報道されました。北極圏の植物相は、地上で最も形成年代が新しく、多様性に乏しいと一般的に理解されています。しかし、このような植物相がどのように形成されてきたのかという理解は貧弱だ、とこの研究では指摘されています。更新世後期~末期の北極圏の植生は、イネ科植物に覆われたマンモスステップと考えられてきました。マンモスなど現在では絶滅している大型動物が多数、ツンドラで草を食んでいる様子を描いた想像図が広く浸透しています。こうした想像図は、おもに化石花粉のデータに基づいています。この研究では、収集した植物および線虫のDNA分析という、もっと直接的な方法を使った調査が報告されています。
その結果、イネ科植物の優占という従来の予想とは異なる復元図が得られました。1万年前頃まで、北極圏の植物相においては、イネ科型草本植物ではない、タンパク質の豊富な双子葉類草本が多く含まれており、それらがこの多様な北方生態系の維持に大きな役割を果たしていたと考えられる、とのことです。しかし、25000~15000年前頃の最終氷期最盛期を過ぎると、木本植物およびイネ科型草本が優占するようになった、とのことです。この分析結果から、この研究では、ケナガマンモス・ケサイ・バイソン・ウマなどの大型動物は、イネ科草本のみを食べる狭食性ではなく、状況に応じてそれ以外の草本植物も食べる日和見的な食性だったのではないか、と推測されています。さらに、大型動物の胃の内容物と糞の標本18個の分析の結果、広葉草本が大型動物たちの餌の大部分を占めていたそうで、大型動物はイネ科型草本よりもむしろ広葉草本の方を好んで食べており、広葉草本の植物はイネ科植物より消化しやすかった可能性がある、とも推測されています。
更新世末期に北極圏において多くの大型動物が絶滅した要因については、古くから人為説が提示されています。確かに、人類の狩猟は大型動物絶滅の一因にはなったでしょうが、それがどれだけの比重を占めるのかというと、議論の余地があるでしょう。更新世末期には気候変動などにより大型動物は衰退しており、人類が北極圏に本格的に進出した頃には「大勢が決して」いて、人類の狩猟は大型動物絶滅の最後の一押しになったにすぎないのかもしれません。この論文の筆頭著者のエシュケ=ウィラースレフ(Eske Willerslev)博士は、植物相の変化が大型動物絶滅の一要因だった、と述べています。この研究は、更新世末期における北極圏の植物相のより精度の高い変遷を提示したことにより、そうした議論にも手がかりを与えることになりそうで、その意味でも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古生態学:北極の植生および大型動物相の食餌の5万年
古生態学:ケナガマンモスが歩き回っていた場所
第四紀後期の極北ユーラシアの景観を考える際になじみ深いのは、マンモスなどの現在は絶滅している大型動物が多数、イネ科植物に覆われた「マンモスステップ」のツンドラで草をはんでいる様子を描いた想像図だ。この年代の植生の分析は、主として化石花粉のデータに基づいて行われてきた。しかし今回、北極域各地から収集した植物および線虫のDNA分析という、もっと直接的な方法を使った研究が報告された。その結果は、これまでの予想とかなり異なっており、イネ科植物の優占に疑義を呈するとともに、多様な大型動物相を維持するのにイネ科植物の優占が必要ではなかった可能性を示唆している。約1万年前まで、北極の植生には、イネ科型草本植物(graminoid;アシ類を含むイネ科、カヤツリグサ科など)ではない、タンパク質の豊富な双子葉類草本が多く含まれており、それらがこの多様な北方生態系の維持に大きな役割を果たしていたと考えられる。しかし、最終氷期極大期を過ぎると、木本植物およびイネ科型草本が優占するようになった。研究チームは、ケナガマンモスやケサイ、バイソン、ウマなどの大型動物相が、イネ科草本のみを食べる狭食性ではなく、状況に応じてそれ以外の草本植物も食べる日和見的な食性であったのではないかと結論している。
参考文献:
Willerslev E. et al.(2014): Fifty thousand years of Arctic vegetation and megafaunal diet. Nature, 506, 7486, 47–51.
http://dx.doi.org/10.1038/nature12921
その結果、イネ科植物の優占という従来の予想とは異なる復元図が得られました。1万年前頃まで、北極圏の植物相においては、イネ科型草本植物ではない、タンパク質の豊富な双子葉類草本が多く含まれており、それらがこの多様な北方生態系の維持に大きな役割を果たしていたと考えられる、とのことです。しかし、25000~15000年前頃の最終氷期最盛期を過ぎると、木本植物およびイネ科型草本が優占するようになった、とのことです。この分析結果から、この研究では、ケナガマンモス・ケサイ・バイソン・ウマなどの大型動物は、イネ科草本のみを食べる狭食性ではなく、状況に応じてそれ以外の草本植物も食べる日和見的な食性だったのではないか、と推測されています。さらに、大型動物の胃の内容物と糞の標本18個の分析の結果、広葉草本が大型動物たちの餌の大部分を占めていたそうで、大型動物はイネ科型草本よりもむしろ広葉草本の方を好んで食べており、広葉草本の植物はイネ科植物より消化しやすかった可能性がある、とも推測されています。
更新世末期に北極圏において多くの大型動物が絶滅した要因については、古くから人為説が提示されています。確かに、人類の狩猟は大型動物絶滅の一因にはなったでしょうが、それがどれだけの比重を占めるのかというと、議論の余地があるでしょう。更新世末期には気候変動などにより大型動物は衰退しており、人類が北極圏に本格的に進出した頃には「大勢が決して」いて、人類の狩猟は大型動物絶滅の最後の一押しになったにすぎないのかもしれません。この論文の筆頭著者のエシュケ=ウィラースレフ(Eske Willerslev)博士は、植物相の変化が大型動物絶滅の一要因だった、と述べています。この研究は、更新世末期における北極圏の植物相のより精度の高い変遷を提示したことにより、そうした議論にも手がかりを与えることになりそうで、その意味でも注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
古生態学:北極の植生および大型動物相の食餌の5万年
古生態学:ケナガマンモスが歩き回っていた場所
第四紀後期の極北ユーラシアの景観を考える際になじみ深いのは、マンモスなどの現在は絶滅している大型動物が多数、イネ科植物に覆われた「マンモスステップ」のツンドラで草をはんでいる様子を描いた想像図だ。この年代の植生の分析は、主として化石花粉のデータに基づいて行われてきた。しかし今回、北極域各地から収集した植物および線虫のDNA分析という、もっと直接的な方法を使った研究が報告された。その結果は、これまでの予想とかなり異なっており、イネ科植物の優占に疑義を呈するとともに、多様な大型動物相を維持するのにイネ科植物の優占が必要ではなかった可能性を示唆している。約1万年前まで、北極の植生には、イネ科型草本植物(graminoid;アシ類を含むイネ科、カヤツリグサ科など)ではない、タンパク質の豊富な双子葉類草本が多く含まれており、それらがこの多様な北方生態系の維持に大きな役割を果たしていたと考えられる。しかし、最終氷期極大期を過ぎると、木本植物およびイネ科型草本が優占するようになった。研究チームは、ケナガマンモスやケサイ、バイソン、ウマなどの大型動物相が、イネ科草本のみを食べる狭食性ではなく、状況に応じてそれ以外の草本植物も食べる日和見的な食性であったのではないかと結論している。
参考文献:
Willerslev E. et al.(2014): Fifty thousand years of Arctic vegetation and megafaunal diet. Nature, 506, 7486, 47–51.
http://dx.doi.org/10.1038/nature12921
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