ネアンデルタール人所産の装飾品

 まだ日付は変わっていないのですが、2月22日分の記事として掲載しておきます。取り上げるのが遅れましたが、ムステリアン(ムスティエ文化)層から発見された化石の貝についての研究(Peresani et al., 2013)が公表されました。この研究では、イタリア北部のフマネ(Fumane)洞窟のムステリアン層から発見された貝(Aspa marginata)が分析されています。フマネ洞窟の各文化層の放射性炭素年代測定法による較正年代は、プロトオーリナシアン(プロトオーリニャック文化)が41900~40500年前、ウルツィアン(ウルツォ文化)が43900~41900年前、終末期ムステリアンが44800~43900年前、その下の貝の発見されたムステリアンが47600~44800年前となります。

 この貝(Aspa marginata)は中新世~鮮新世の化石で、フマネ洞窟から100km以上離れた場所で野ざらし状態となっており、ネアンデルタール人によって収集された、と推測されています。この貝の詳細な分析の結果、外側の貝表面に等質的に赤鉄鉱が確認され、それは顔料として貝に塗られたのではないか、と推測されています。この研究では分析結果から、貝は道具や顔料容器としてではなく、ペンダントとして糸に吊るされるという形で個人的装飾品として使用された、という仮説が提示されています。

 この研究では、ネアンデルタール人の文化には象徴的要素がない、という伝統的で根強い見解への疑問が呈されています。この研究によると、赤鉄鉱により着色された貝の使用は、解剖学的現代人(現生人類、ホモ=サピエンス)がヨーロッパに最初に出現するよりずっと前のことなので、ネアンデルタール人が現生人類から入手したとか、ネアンデルタール人が(その意味をよく理解できずに)現生人類の行動を模倣しただけとかいった見解は否定されます。その他のヨーロッパの証拠からも、ネアンデルタール人の文化における象徴的要素はもはや否定できず、今後は、ネアンデルタール人と現生人類との間にどれだけの違いがあり、それがどのような意味を持つのか、ということが重要な論点となるでしょう。

 注目されるのは、ネアンデルタール人が100km以上離れた場所からこの貝を収集してきたと推測されている点です。石材などの素材の調達範囲を比較すると、ネアンデルタール人は解剖学的現代人よりもずっと狭いことが指摘されており、それがネアンデルタール人と解剖学的現代人の重要な違いだ、とする見解が有力視されているように思います。しかし、石材のような「実用品」ではない個人的装飾品の素材が、100km以上離れた場所から調達されていたとなると、ネアンデルタール人の行動範囲や社会性について、現生人類との違いをあまりにも強調するのは行き過ぎなのではないか、との疑問も生じます。ただ、ヨーロッパのムステリアンの担い手はネアンデルタール人のみである、というのがこの研究の大前提となっていることには注意しておかねばならないでしょう。


参考文献:
Peresani M, Vanhaeren M, Quaggiotto E, Queffelec A, d’Errico F (2013) An Ochered Fossil Marine Shell From the Mousterian of Fumane Cave, Italy. PLoS ONE 8(7): e68572.
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0068572

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック