『週刊新発見!日本の歴史』第30号「江戸時代3 江戸・大坂・京の三都物語」
この第30号は江戸時代の三都を取り上げています。三都を城下町と把握し、その形成・発展と経済・生活の様相を考察の対象としています。「新発見」的な見解としては、江戸の災害というと火事が注目される傾向にあるなか、町造り(江戸の都市計画は明暦の大火以前に破綻していた、とされています)に伴う自然への干渉の結果としての水害も取り上げていることでしょうか。江戸の水害により文書行政が成熟したものの、実態と文書との乖離も生まれ、次の水害では災害対処がかえって不充分なものになることもあった、との指摘は興味深いものでした。
この第30号の特徴は、近年になってますます盛んになっているように思われる江戸時代賛美論への批判的傾向が強いことです。以前は、江戸時代賛美論者はもっぱら「左翼」に批判的な人々だったように思われます。そうした人々は、縄文時代やさらにさかのぼって岩宿時代(旧石器時代)から現代まで、通時的に「日本」を措定し、賛美する傾向が強いように思います。「自由主義史観」と自称する人々などがその典型と言えるでしょう。
しかし最近では、「左翼的」というか「進歩的で良心的」な言説の側の一部に江戸時代賛美論が見られるようで、その主張の根底には、明治時代以降の日本を徹底的に否定したいという動機があるのではないか、と私は考えています(関連記事)。そうした中、この第30号のように、行き過ぎた(大都市たる江戸を中心にした)江戸時代賛美論を批判する専門家による一般読者向け論考が掲載されることは、大いに意義があるのではないかと思います。行き過ぎた江戸時代賛美論への批判という観点からの、この第30号で取り上げられた「新発見」的見解としては、「環境都市・江戸」という言説の検証が注目されます。具体的には以下のようなものです。
●「石油エネルギーや核エネルギーを用いず、自然エネルギーのみで成り立つエコロジー社会」という江戸時代にたいする認識が見られますが、それは技術的な段階の問題であり、現代社会の価値観を相対化することはできても、解決の糸口とはなりえないでしょう。
●リサイクル都市江戸なる言説は過大評価です。江戸のリサイクルについては、紙・金属などの回収・再利用システムや、鋳掛・陶磁器の焼継(割れ口をガラスで焼結する)といった修理に関わる職人の存在や、屎尿の肥料使用(下肥)などが挙げられています。しかし、金属製品が少ないのはリサイクルされていた可能性が高いとしても、日用品の陶磁器での焼継の痕跡は確認例が少なく、通い徳利は酒屋に戻されるはずなのに、膨大な量がほぼ完全な形で発見されています。下肥については、江戸では当初屎のみが利用されており、尿の利用は19世紀まで遅れました。そのため、尿は側溝に垂れ流しされていました。再利用の対象は生産力と受容のバランス(経済価値)に重点があったようです。現在の環境問題・資源問題から重視されるようになったリサイクルと、江戸における再利用は発想がまったく異なり、近代になって「ものを大切にする心」が突然失われたわけではありません。
●「外国人」の記録などから、江戸は清潔な都市だったと言われています。しかし、そうした江戸が綺麗であるという感覚は、現代の「衛生」と結びついた「清潔」の感覚とは必ずしも一致しないだろう、と指摘されています。また、ゴミ処理においては不法投棄が後を絶たず、肥料となる生ゴミが恒常的に発生していたことも窺えます。上水井戸と共同便所やゴミ捨て場とは近接することも少なくなく、幕末のコレラの流行には、そうした生活環境も影響したのではないか、と指摘されています。
●大名屋敷の広大な庭園や郊外の名所の存在や、庶民への園芸の広がりなどから、江戸は森林都市だった、と評価されています。しかし、大名庭園は一般人が自由に楽しめる近代以降の公園とは異なりますし、郊外の名所の存在や庶民への園芸の広がりは、人間が自然を変形する行為でもあり、都市開発により緑が欠乏した結果、人々が自然を馴致したと考えるほうが自然だろう、と指摘されています。
この第30号は、現代日本社会で影響力を強めつつあるように思われる江戸時代賛美論にたいして、以下のように指摘しています。
都市・江戸に過大な期待を寄せ、今日の環境問題のいわばユートピアとして語られる物語は、逃避ですらあるように思える。
東京オリンピックへ更新されるべき江戸像
2020年の東京オリンピック開催に向けて、これからさらにさまざまな都市・江戸をめぐる表象、イメージがさまざまな立場から創り出され、消費されていくだろう。もちろん、過去の都市を参照する場合、現代とのかかわりを考えることは重要である。
だが、過去の実態から乖離した像に果たして展望はあるのだろうか。いたずらに現代社会のユートピアを発見するよりも、まだまだ未解明な都市社会の実態を史資料から丁寧に読み解き、考えていくことが重要なのではないだろうか。
この第30号の特徴は、近年になってますます盛んになっているように思われる江戸時代賛美論への批判的傾向が強いことです。以前は、江戸時代賛美論者はもっぱら「左翼」に批判的な人々だったように思われます。そうした人々は、縄文時代やさらにさかのぼって岩宿時代(旧石器時代)から現代まで、通時的に「日本」を措定し、賛美する傾向が強いように思います。「自由主義史観」と自称する人々などがその典型と言えるでしょう。
しかし最近では、「左翼的」というか「進歩的で良心的」な言説の側の一部に江戸時代賛美論が見られるようで、その主張の根底には、明治時代以降の日本を徹底的に否定したいという動機があるのではないか、と私は考えています(関連記事)。そうした中、この第30号のように、行き過ぎた(大都市たる江戸を中心にした)江戸時代賛美論を批判する専門家による一般読者向け論考が掲載されることは、大いに意義があるのではないかと思います。行き過ぎた江戸時代賛美論への批判という観点からの、この第30号で取り上げられた「新発見」的見解としては、「環境都市・江戸」という言説の検証が注目されます。具体的には以下のようなものです。
●「石油エネルギーや核エネルギーを用いず、自然エネルギーのみで成り立つエコロジー社会」という江戸時代にたいする認識が見られますが、それは技術的な段階の問題であり、現代社会の価値観を相対化することはできても、解決の糸口とはなりえないでしょう。
●リサイクル都市江戸なる言説は過大評価です。江戸のリサイクルについては、紙・金属などの回収・再利用システムや、鋳掛・陶磁器の焼継(割れ口をガラスで焼結する)といった修理に関わる職人の存在や、屎尿の肥料使用(下肥)などが挙げられています。しかし、金属製品が少ないのはリサイクルされていた可能性が高いとしても、日用品の陶磁器での焼継の痕跡は確認例が少なく、通い徳利は酒屋に戻されるはずなのに、膨大な量がほぼ完全な形で発見されています。下肥については、江戸では当初屎のみが利用されており、尿の利用は19世紀まで遅れました。そのため、尿は側溝に垂れ流しされていました。再利用の対象は生産力と受容のバランス(経済価値)に重点があったようです。現在の環境問題・資源問題から重視されるようになったリサイクルと、江戸における再利用は発想がまったく異なり、近代になって「ものを大切にする心」が突然失われたわけではありません。
●「外国人」の記録などから、江戸は清潔な都市だったと言われています。しかし、そうした江戸が綺麗であるという感覚は、現代の「衛生」と結びついた「清潔」の感覚とは必ずしも一致しないだろう、と指摘されています。また、ゴミ処理においては不法投棄が後を絶たず、肥料となる生ゴミが恒常的に発生していたことも窺えます。上水井戸と共同便所やゴミ捨て場とは近接することも少なくなく、幕末のコレラの流行には、そうした生活環境も影響したのではないか、と指摘されています。
●大名屋敷の広大な庭園や郊外の名所の存在や、庶民への園芸の広がりなどから、江戸は森林都市だった、と評価されています。しかし、大名庭園は一般人が自由に楽しめる近代以降の公園とは異なりますし、郊外の名所の存在や庶民への園芸の広がりは、人間が自然を変形する行為でもあり、都市開発により緑が欠乏した結果、人々が自然を馴致したと考えるほうが自然だろう、と指摘されています。
この第30号は、現代日本社会で影響力を強めつつあるように思われる江戸時代賛美論にたいして、以下のように指摘しています。
都市・江戸に過大な期待を寄せ、今日の環境問題のいわばユートピアとして語られる物語は、逃避ですらあるように思える。
東京オリンピックへ更新されるべき江戸像
2020年の東京オリンピック開催に向けて、これからさらにさまざまな都市・江戸をめぐる表象、イメージがさまざまな立場から創り出され、消費されていくだろう。もちろん、過去の都市を参照する場合、現代とのかかわりを考えることは重要である。
だが、過去の実態から乖離した像に果たして展望はあるのだろうか。いたずらに現代社会のユートピアを発見するよりも、まだまだ未解明な都市社会の実態を史資料から丁寧に読み解き、考えていくことが重要なのではないだろうか。
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