仲田大人「日本列島で交替劇は起きたか?」
まだ日付は変わっていないのですが、12月3日分の記事として掲載しておきます。西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』所収の報告です(関連記事)。琉球諸島以外の日本列島では更新世の人骨がほとんど発見されておらず、確実な「原人」や「旧人」の人骨は全く発見されていません。したがって、石器群とその担い手との関係を示す直接的証拠は皆無と言ってよく、「交替劇」の考察は考古学、なかでも石器研究に大きく依拠することになります。幸い、日本列島では更新世の石器が多数発見されており、旧石器遺跡・文化層は2009年時点で14000以上になるそうです。
ここで問題となるのは、いわゆる旧石器捏造事件が更新世日本列島の考古学的研究に今でも暗い影を落としている、ということです。旧石器捏造事件発覚後も、いわゆる中期旧石器時代までさかのぼると主張されている遺跡が新たに報告されていますし、旧石器捏造事件発覚以前から報告されていた、中期旧石器時代以前とされる遺跡のうち、藤村新一氏の関与していないものは、今でも検証の・議論の対象であり続けているようです。
本報告は、日本列島における13万~8万年前頃とされる遺跡で確実なものはない、と主張しています。次に本報告は、8万~4万年前頃とされる遺跡については、やはり人類の痕跡とは断定できないものも多いとしながらも、金取遺跡第3文化層のように、人類の痕跡と確認できるものもある、としています。4万年前頃以降になると確実な遺跡が増加する、と本報告は述べています。日本列島における人類の痕跡について、5万年前よりもさかのぼるものはない、というのが本報告の見解です。したがって、本報告で論じられている日本列島における「交替劇」の舞台は5万年前以降となります。
旧石器時代の日本列島の画期は暦年代で37000年前頃である、というのが本報告の見解です。本報告はこれ以降をいわゆる後期旧石器時代と区分しています。本報告は、37000年前以前についてはさらに細かく時代を区分しておらず、「後期以前」として一括しています。とりあえずこの記事では、便宜的に前期旧石器時代と呼んでおきます。本報告が暦年代で37000年前を画期とするのは、この頃に日本列島において遺跡数が増加するとともに、新たな技術・行動が多く出現するからです。
たとえば、石器製作技術では研磨技術・石刃技術(小口型が周縁型よりやや先行します)、有機技術では木材伐採、石材利用では黒曜石に見られる遠隔地石材の調達、植物加工具の出現、やや遅れての陥し穴や環状ブロックの出現、同じくやや遅れての顔料の使用などです。ヨーロッパの壁画や彫像のような「派手な」遺物は発見されていませんが、本報告はこの頃に日本列島において現代人的行動が確認されるようになる、と認識しています。
なお、本報告の表を見ると、こうした新要素の考古学的指標が一斉に出現したかのように誤解しかねないのですが、本報告が指摘しているように、日本列島は南北に長く、地域単位でみるとこうした要素の出現は一様ではなく、新しい要素と古い要素が並存することもあります。旧石器時代の日本列島が一様ではないという見解は、本報告を貫く基調となっているように思います。
日本列島における「交替劇」の考察にあたって、本報告は石器インダストリーの識別・文化編年の検討の重要性を指摘しています。ただ、同じ段階の石器だからといって、担い手が同系統の集団と単純に考えることはできない、と本報告は注意を喚起しています。本報告は更新世の日本列島における「交替劇」を考古学的に考察するにあたって、石割り法にも注目しています。4万年前頃の前期旧石器時代の石器は、石割りの所作が後期旧石器時代のそれと違うのではないか、というわけです。
本報告はまとめとして、更新世日本列島においては暦年代で37000年前頃が画期であり、「交替劇」はあった、と改めて強調します。前期旧石器時代に確認される技術や行動は後期旧石器時代の新たな要素につながっていない、というのが本報告の見解です。本報告は、後期旧石器時代の担い手については、その技術・行動様式から現生人類(ホモ=サピエンス)と考えていますが、前期旧石器時代の担い手については、人骨が発見されていないので断定できない、と慎重な姿勢を崩しません。更新世の日本列島における「交替劇」を認める本報告ですが、前期旧石器時代の担い手については、現生人類(新人)である可能性も、「旧人」もしくは「原人」である可能性も想定しています。
質疑応答では、更新世日本列島において37000年前頃の次の画期である25000年前頃についても言及されていました。25000年前頃の画期については、人類集団の「交替劇」というよりも人口の増加ではないか、との見解が提示されています。人口の増加により、装身具のような象徴的行動や石器の多様性が出現し、帰属意識が強くなっていくのではないか、との見通しです。生まれてからずっと住んでいながら、更新世の日本列島についての私の知識はあまりにも少なかったので、本報告を読んで多々得るものがありました。
参考文献:
仲田大人(2013)「日本列島で交替劇は起きたか?」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P161-180
ここで問題となるのは、いわゆる旧石器捏造事件が更新世日本列島の考古学的研究に今でも暗い影を落としている、ということです。旧石器捏造事件発覚後も、いわゆる中期旧石器時代までさかのぼると主張されている遺跡が新たに報告されていますし、旧石器捏造事件発覚以前から報告されていた、中期旧石器時代以前とされる遺跡のうち、藤村新一氏の関与していないものは、今でも検証の・議論の対象であり続けているようです。
本報告は、日本列島における13万~8万年前頃とされる遺跡で確実なものはない、と主張しています。次に本報告は、8万~4万年前頃とされる遺跡については、やはり人類の痕跡とは断定できないものも多いとしながらも、金取遺跡第3文化層のように、人類の痕跡と確認できるものもある、としています。4万年前頃以降になると確実な遺跡が増加する、と本報告は述べています。日本列島における人類の痕跡について、5万年前よりもさかのぼるものはない、というのが本報告の見解です。したがって、本報告で論じられている日本列島における「交替劇」の舞台は5万年前以降となります。
旧石器時代の日本列島の画期は暦年代で37000年前頃である、というのが本報告の見解です。本報告はこれ以降をいわゆる後期旧石器時代と区分しています。本報告は、37000年前以前についてはさらに細かく時代を区分しておらず、「後期以前」として一括しています。とりあえずこの記事では、便宜的に前期旧石器時代と呼んでおきます。本報告が暦年代で37000年前を画期とするのは、この頃に日本列島において遺跡数が増加するとともに、新たな技術・行動が多く出現するからです。
たとえば、石器製作技術では研磨技術・石刃技術(小口型が周縁型よりやや先行します)、有機技術では木材伐採、石材利用では黒曜石に見られる遠隔地石材の調達、植物加工具の出現、やや遅れての陥し穴や環状ブロックの出現、同じくやや遅れての顔料の使用などです。ヨーロッパの壁画や彫像のような「派手な」遺物は発見されていませんが、本報告はこの頃に日本列島において現代人的行動が確認されるようになる、と認識しています。
なお、本報告の表を見ると、こうした新要素の考古学的指標が一斉に出現したかのように誤解しかねないのですが、本報告が指摘しているように、日本列島は南北に長く、地域単位でみるとこうした要素の出現は一様ではなく、新しい要素と古い要素が並存することもあります。旧石器時代の日本列島が一様ではないという見解は、本報告を貫く基調となっているように思います。
日本列島における「交替劇」の考察にあたって、本報告は石器インダストリーの識別・文化編年の検討の重要性を指摘しています。ただ、同じ段階の石器だからといって、担い手が同系統の集団と単純に考えることはできない、と本報告は注意を喚起しています。本報告は更新世の日本列島における「交替劇」を考古学的に考察するにあたって、石割り法にも注目しています。4万年前頃の前期旧石器時代の石器は、石割りの所作が後期旧石器時代のそれと違うのではないか、というわけです。
本報告はまとめとして、更新世日本列島においては暦年代で37000年前頃が画期であり、「交替劇」はあった、と改めて強調します。前期旧石器時代に確認される技術や行動は後期旧石器時代の新たな要素につながっていない、というのが本報告の見解です。本報告は、後期旧石器時代の担い手については、その技術・行動様式から現生人類(ホモ=サピエンス)と考えていますが、前期旧石器時代の担い手については、人骨が発見されていないので断定できない、と慎重な姿勢を崩しません。更新世の日本列島における「交替劇」を認める本報告ですが、前期旧石器時代の担い手については、現生人類(新人)である可能性も、「旧人」もしくは「原人」である可能性も想定しています。
質疑応答では、更新世日本列島において37000年前頃の次の画期である25000年前頃についても言及されていました。25000年前頃の画期については、人類集団の「交替劇」というよりも人口の増加ではないか、との見解が提示されています。人口の増加により、装身具のような象徴的行動や石器の多様性が出現し、帰属意識が強くなっていくのではないか、との見通しです。生まれてからずっと住んでいながら、更新世の日本列島についての私の知識はあまりにも少なかったので、本報告を読んで多々得るものがありました。
参考文献:
仲田大人(2013)「日本列島で交替劇は起きたか?」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P161-180
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