2013年の古人類学界
まだ日付は変わっていないのですが、12月29日分の記事として掲載しておきます。あくまでも私の関心に基づいたものですが、年末になったので、今年も古人類学界について振り返っていくことにします。今年の動向を私の関心に沿って整理すると、以下のようになります。
(1)古人類・現代人を問わず人類のDNA解析が進展した結果、人類進化系統樹はさらに複雑な様相を呈してきました。
(2)初期ホモ属出現前後の人類系統樹を見直す動きが、今後活発になるかもしれません。
(3)フロレシエンシスの起源をめぐる議論が今後さらに活発になりそうです。
(1)まず、現代人のDNA解析・比較により、現代人のY染色体の合着年代がじゅうらいの推定より大きくさかのぼったことを指摘した研究がたいへん注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_9.html
これは、アフリカにおける現生人類(ホモ=サピエンス)と他系統の人類との交雑を示しているのかもしれません(もちろん、他の解釈もあり得るでしょう)。
次に、現代人のゲノム配列に匹敵するような高精度のネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)とデニソワ人のゲノム配列のバージョンを改めて作った研究の報告が注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201311article_36.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_24.html
その結果、デニソワ人はオセアニアの現代人の祖先集団だけではなく、ネアンデルタール人および中国や東アジアの他地域の祖先集団とも交雑しており、さらに、3万年以上前にアジアにいたであろう別の絶滅人類集団とも交雑していただろう、とも報告されました。この別の絶滅人類集団が既知のどれかの人骨と同系統なのか、それともまだまったく知られていない人類集団なのか、興味が尽きません。
これらの研究もたいへん興味深いのですが、何といっても衝撃的だったのは、スペイン北部で発見された40万年前頃の人類のミトコンドリアDNAの解析に成功し、それがネアンデルタール人よりもデニソワ人と系統的に近いことを指摘した研究です。
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_9.html
デニソワ人の人類進化系統樹における位置づけも含めて、人類の進化をどう把握するのか、ますます混沌としてきた感は否めません。この研究の前提として、78万~56万年前頃のウマのゲノム解読に成功した研究があるように思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/201311article_10.html
これにより、人類も含めて更新世中期までさかのぼる古生物のDNA解析成功への道が大きく開けたのではないか、と思います。
年末に相次いで公表されたこれら古人類の交雑に関する研究の前に刊行された雑誌に掲載された論考ですが、M. F.ハマー「混血で勝ち残った人類」は複雑な様相を呈してきた人類の進化を混血の観点から整理しており、たいへん有益です。
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_3.html
(2)アウストラロピテクス属的な特徴とホモ属的な特徴をあわせ持つアウストラロピテクス=セディバについての特集が『サイエンス』に掲載されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_14.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_21.html
セディバを現代人の祖先と考えている研究者は少ないようですが、ホモ属の出現過程について考察するうえで、セディバは重要になると思います。200万年前頃の人骨はたいへん貴重なので、セディバからできるだけ多くの情報を引き出すような研究の進展を期待しています。
180万年前頃のドマニシ人と初期ホモ属の頭蓋骨を比較した研究では、ドマニシ人の間の変異差が強調され、ハビリスやルドルフェンシスやエレクトスといった初期ホモ属もドマニシ人と同系統であり、枝分かれした複数の系統ではなく単一の系統なのだ、と主張されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_19.html
この見解には否定的意見が多いようですが、ホモ属出現前後の人類進化像は、既知の人骨の区分の見直しも含めて、今後大きく変わっていく可能性が高いと思います。
(3)更新世フローレス島人については、2004年の発表以降しばらく、人類の新種(ホモ=フロレシエンシス)なのか、それとも病変の現生人類(ホモ=サピエンス)なのか、という激論が続いてきました。現在でも病変現生人類説が一部で根強く主張されていますが、この問題はもはや新種説でほぼ決定したと言ってよいと思います。そこで問題となるのがフロレシエンシスの起源で、ホモ=エレクトスから(島嶼化による矮小化を経つつ)進化したのか、エレクトスよりもっと原始的な人類(たとえば、ホモ=ハビリスに分類されるような人類)から進化したのか、議論が続いています。
後頭部の比較では、フロレシエンシスはエレクトスよりもアウストラロピテクス属に近い、と示唆されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html
クライブ=フィンレイソン『そして最後にヒトが残った ネアンデルタール人と私たちの50万年史』も、フロレシエンシスがアウストラロピテクス属から進化した、という見解を提示しています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_1.html
手首を比較した研究では、フロレシエンシスの原始的な解剖学的特徴が改めて確認されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201302article_19.html
この研究では、ネアンデルタール人・現生人類には見られる派生的特徴が認められず、現生類人猿・アウストラロピテクス属の各種・LB1と同じく、原始的特徴が認められた、とされています。ただ、最初期のエレクトスの手首の構造が明らかではないので、フロレシエンシスがどの系統の人類から進化したのか、決定打とはならないでしょう。
フロレシエンシスの脳サイズを正確に再測定した研究は、フロレシエンシスの基準標本であるLB1の脳サイズを約426ccに訂正しました(当初は約380ccと推定され、後に417ccと見直されました)。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_19.html
この研究では、フロレシエンシスはジャワの初期エレクトスから進化した、という見解が主張されています。ジャワのエレクトスを詳しく研究してきた専門家たちによる見解なので、傾聴すべきなのではないか、と思います。
フロレシエンシスの発見・研究に多大な貢献をしてきたマイク=モーウッド博士が62歳という若さで亡くなったのは、たいへん残念でした。
https://sicambre.seesaa.net/article/201308article_16.html
この他には、アメリカ大陸への人類の移住が3万年前頃までさかのぼる可能性を指摘した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_6.html
アシューリアンの時系列的な比較についての研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201302article_5.html
歯の比較からネアンデルタール人と現生人類との分岐年代の見直しを提言した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_24.html
歯の分析から人類の離乳時期を推定し、ネアンデルタール人の離乳時期は現生人類のそれよりも早かったのではないか、と指摘した研究が注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201309article_27.html
この他にも取り上げるべき研究は多いのですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文がかなり多くなってしまいました。古人類学の最新の動向になかなか追いつけていなのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。ここ数年同様のことを述べていますが、今年は昨年よりは古人類学に関する情報を収集できたように思います。とはいえ、明らかに勉強不足なのは否定できません。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。また、人類の進化についての私見を最後にまとめてから6年近く経ったので、このブログで少しずつ私見を整理して掲載していこう、とも考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。
2006年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html
2007年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html
2008年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html
2009年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html
2010年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html
2011年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html
2012年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html
(1)古人類・現代人を問わず人類のDNA解析が進展した結果、人類進化系統樹はさらに複雑な様相を呈してきました。
(2)初期ホモ属出現前後の人類系統樹を見直す動きが、今後活発になるかもしれません。
(3)フロレシエンシスの起源をめぐる議論が今後さらに活発になりそうです。
(1)まず、現代人のDNA解析・比較により、現代人のY染色体の合着年代がじゅうらいの推定より大きくさかのぼったことを指摘した研究がたいへん注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_9.html
これは、アフリカにおける現生人類(ホモ=サピエンス)と他系統の人類との交雑を示しているのかもしれません(もちろん、他の解釈もあり得るでしょう)。
次に、現代人のゲノム配列に匹敵するような高精度のネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)とデニソワ人のゲノム配列のバージョンを改めて作った研究の報告が注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201311article_36.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_24.html
その結果、デニソワ人はオセアニアの現代人の祖先集団だけではなく、ネアンデルタール人および中国や東アジアの他地域の祖先集団とも交雑しており、さらに、3万年以上前にアジアにいたであろう別の絶滅人類集団とも交雑していただろう、とも報告されました。この別の絶滅人類集団が既知のどれかの人骨と同系統なのか、それともまだまったく知られていない人類集団なのか、興味が尽きません。
これらの研究もたいへん興味深いのですが、何といっても衝撃的だったのは、スペイン北部で発見された40万年前頃の人類のミトコンドリアDNAの解析に成功し、それがネアンデルタール人よりもデニソワ人と系統的に近いことを指摘した研究です。
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_9.html
デニソワ人の人類進化系統樹における位置づけも含めて、人類の進化をどう把握するのか、ますます混沌としてきた感は否めません。この研究の前提として、78万~56万年前頃のウマのゲノム解読に成功した研究があるように思います。
https://sicambre.seesaa.net/article/201311article_10.html
これにより、人類も含めて更新世中期までさかのぼる古生物のDNA解析成功への道が大きく開けたのではないか、と思います。
年末に相次いで公表されたこれら古人類の交雑に関する研究の前に刊行された雑誌に掲載された論考ですが、M. F.ハマー「混血で勝ち残った人類」は複雑な様相を呈してきた人類の進化を混血の観点から整理しており、たいへん有益です。
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_3.html
(2)アウストラロピテクス属的な特徴とホモ属的な特徴をあわせ持つアウストラロピテクス=セディバについての特集が『サイエンス』に掲載されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_14.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_21.html
セディバを現代人の祖先と考えている研究者は少ないようですが、ホモ属の出現過程について考察するうえで、セディバは重要になると思います。200万年前頃の人骨はたいへん貴重なので、セディバからできるだけ多くの情報を引き出すような研究の進展を期待しています。
180万年前頃のドマニシ人と初期ホモ属の頭蓋骨を比較した研究では、ドマニシ人の間の変異差が強調され、ハビリスやルドルフェンシスやエレクトスといった初期ホモ属もドマニシ人と同系統であり、枝分かれした複数の系統ではなく単一の系統なのだ、と主張されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_19.html
この見解には否定的意見が多いようですが、ホモ属出現前後の人類進化像は、既知の人骨の区分の見直しも含めて、今後大きく変わっていく可能性が高いと思います。
(3)更新世フローレス島人については、2004年の発表以降しばらく、人類の新種(ホモ=フロレシエンシス)なのか、それとも病変の現生人類(ホモ=サピエンス)なのか、という激論が続いてきました。現在でも病変現生人類説が一部で根強く主張されていますが、この問題はもはや新種説でほぼ決定したと言ってよいと思います。そこで問題となるのがフロレシエンシスの起源で、ホモ=エレクトスから(島嶼化による矮小化を経つつ)進化したのか、エレクトスよりもっと原始的な人類(たとえば、ホモ=ハビリスに分類されるような人類)から進化したのか、議論が続いています。
後頭部の比較では、フロレシエンシスはエレクトスよりもアウストラロピテクス属に近い、と示唆されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_30.html
クライブ=フィンレイソン『そして最後にヒトが残った ネアンデルタール人と私たちの50万年史』も、フロレシエンシスがアウストラロピテクス属から進化した、という見解を提示しています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_1.html
手首を比較した研究では、フロレシエンシスの原始的な解剖学的特徴が改めて確認されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201302article_19.html
この研究では、ネアンデルタール人・現生人類には見られる派生的特徴が認められず、現生類人猿・アウストラロピテクス属の各種・LB1と同じく、原始的特徴が認められた、とされています。ただ、最初期のエレクトスの手首の構造が明らかではないので、フロレシエンシスがどの系統の人類から進化したのか、決定打とはならないでしょう。
フロレシエンシスの脳サイズを正確に再測定した研究は、フロレシエンシスの基準標本であるLB1の脳サイズを約426ccに訂正しました(当初は約380ccと推定され、後に417ccと見直されました)。
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_19.html
この研究では、フロレシエンシスはジャワの初期エレクトスから進化した、という見解が主張されています。ジャワのエレクトスを詳しく研究してきた専門家たちによる見解なので、傾聴すべきなのではないか、と思います。
フロレシエンシスの発見・研究に多大な貢献をしてきたマイク=モーウッド博士が62歳という若さで亡くなったのは、たいへん残念でした。
https://sicambre.seesaa.net/article/201308article_16.html
この他には、アメリカ大陸への人類の移住が3万年前頃までさかのぼる可能性を指摘した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201312article_6.html
アシューリアンの時系列的な比較についての研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201302article_5.html
歯の比較からネアンデルタール人と現生人類との分岐年代の見直しを提言した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_24.html
歯の分析から人類の離乳時期を推定し、ネアンデルタール人の離乳時期は現生人類のそれよりも早かったのではないか、と指摘した研究が注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201309article_27.html
この他にも取り上げるべき研究は多いのですが、読もうと思っていながらまだ読んでいない論文がかなり多くなってしまいました。古人類学の最新の動向になかなか追いつけていなのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。ここ数年同様のことを述べていますが、今年は昨年よりは古人類学に関する情報を収集できたように思います。とはいえ、明らかに勉強不足なのは否定できません。この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないので、せめて今年並には本・論文を読み、地道に最新の動向を追いかけていこう、と考えています。また、人類の進化についての私見を最後にまとめてから6年近く経ったので、このブログで少しずつ私見を整理して掲載していこう、とも考えています。なお、過去の回顧記事は以下の通りです。
2006年の古人類学界の回顧
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_27.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_28.html
https://sicambre.seesaa.net/article/200612article_29.html
2007年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200712article_28.html
2008年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200812article_25.html
2009年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/200912article_25.html
2010年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201012article_26.html
2011年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201112article_24.html
2012年の古人類学界
https://sicambre.seesaa.net/article/201212article_26.html
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