長井謙治「朝鮮半島における旧人・新人「交替劇」」
まだ日付は変わっていないのですが、12月2日分の記事として掲載しておきます。西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』所収の報告です(関連記事)。本報告が対象とする地域は、朝鮮半島とはいっても実質的には大韓民国の支配領域のみとなっています。本報告がまず問題とするのは、韓国における旧石器編年の問題点です。
一つ目は、アシューリアン系ハンドアックス(握斧)の発見された全谷里遺跡の年代についてです。全谷里遺跡は玄武岩の上にあるので、この玄武岩の年代が上限値となります。この年代をめぐって、中期更新世の50万年前頃までさかのぼるという見解と、後期更新世までしかさかのぼらない、という見解が提示され、まだ決着がついていないようです。朝鮮半島においていつまでハンドアックスが残ったのか、という問題とも関わるだけに、この年代論争は重要とのことです。
二つ目は、韓国の旧石器遺跡における土壌構造の問題で、編年に使われている土壌楔をどう把握するのか、議論になっているようです。たとえば後世の削平があった場合、本来ならば2番目の土壌楔を1番目と判断してしまうかもしれない、というわけです。もしそうなると、編年も狂うことになります。
三つ目は、理化学的な年代測定の信頼性についてです。たとえば、光ルミネッセンス法は測定試料の由来と性質に結果が大きく左右されます。その他の年代測定法にしても、誤差が大きいといった問題があります。本報告は、理化学的年代測定について、単一の方法に依拠するのではなく、徹底したクロスチェックが必要になる、と指摘しています。
こうした問題を抱える韓国の旧石器編年は、5万年前以前だと信頼性に欠けることは否定できませんが、5万年前以降については、ある程度はっきりとした見通しがついているようです。本報告は、1番目の土壌楔の下部が海洋酸素同位体ステージ(MIS)3に相当するので、「交替劇」を考えるうえで、1番目の土壌楔の上下に文化層をもつ遺跡が重要だろう、という見通しを提示しています。
本報告は、暦年代で3万年前頃に韓国では新たな石器製作技術が出現する、という見通しを提示しています。新たな石器製作技術とは、押圧剥離を用いた細石刃核の運用などです。また、この時期に石材が石英・珪岩系を多く使うタイプから珪質岩を多く使うタイプへと変わっていることも指摘しています。ただ、3万年前以降も、石材がほぼ全て石英岩という遺跡もあるそうです。その他には、この時期の変化として、黒曜石の広域流通など遠距離石材の開拓が挙げられています。
本報告は、「交替劇」の年代となる5万年前以降、新旧の石器製作技術の混交が見られることや、中部旧石器と上部旧石器との「共存文化層」の存在という指摘などから、朝鮮半島では一方が他方を駆逐するような劇的な変化は見出しがたい、との見解を提示しています。ただ、質疑応答では、石材として石英を用い続けたことが伝統の連続性の根拠となるのか、ハンドアックスが消えることの方が重要なのではないか、との疑問が呈されています。また質疑応答では、朝鮮半島における石刃剥離技術の出現が、中国北部やさらに西方のユーラシアとの関わりで把握できるのではないか、との意見も見られました。
更新世の朝鮮半島についてはまったくと言ってよいほど白紙状態だったので、本報告には教えられるところが多々ありました。と言いますか、教えられることばかりだったように思います。朝鮮半島の通史を数冊読んだこともありますが、いずれも十数年以上前のことなので、すっかり忘れていました。旧石器時代に限らず、こうした私にとっての空白地域・年代は少なくないので、少しずつ空白を埋めていきたいものです。まあ空白を埋めるとはいっても、詳しく把握するという水準にまで到達するのは難しそうではありますが。
参考文献:
長井謙治(2013)「朝鮮半島における旧人・新人「交替劇」」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P143-160
一つ目は、アシューリアン系ハンドアックス(握斧)の発見された全谷里遺跡の年代についてです。全谷里遺跡は玄武岩の上にあるので、この玄武岩の年代が上限値となります。この年代をめぐって、中期更新世の50万年前頃までさかのぼるという見解と、後期更新世までしかさかのぼらない、という見解が提示され、まだ決着がついていないようです。朝鮮半島においていつまでハンドアックスが残ったのか、という問題とも関わるだけに、この年代論争は重要とのことです。
二つ目は、韓国の旧石器遺跡における土壌構造の問題で、編年に使われている土壌楔をどう把握するのか、議論になっているようです。たとえば後世の削平があった場合、本来ならば2番目の土壌楔を1番目と判断してしまうかもしれない、というわけです。もしそうなると、編年も狂うことになります。
三つ目は、理化学的な年代測定の信頼性についてです。たとえば、光ルミネッセンス法は測定試料の由来と性質に結果が大きく左右されます。その他の年代測定法にしても、誤差が大きいといった問題があります。本報告は、理化学的年代測定について、単一の方法に依拠するのではなく、徹底したクロスチェックが必要になる、と指摘しています。
こうした問題を抱える韓国の旧石器編年は、5万年前以前だと信頼性に欠けることは否定できませんが、5万年前以降については、ある程度はっきりとした見通しがついているようです。本報告は、1番目の土壌楔の下部が海洋酸素同位体ステージ(MIS)3に相当するので、「交替劇」を考えるうえで、1番目の土壌楔の上下に文化層をもつ遺跡が重要だろう、という見通しを提示しています。
本報告は、暦年代で3万年前頃に韓国では新たな石器製作技術が出現する、という見通しを提示しています。新たな石器製作技術とは、押圧剥離を用いた細石刃核の運用などです。また、この時期に石材が石英・珪岩系を多く使うタイプから珪質岩を多く使うタイプへと変わっていることも指摘しています。ただ、3万年前以降も、石材がほぼ全て石英岩という遺跡もあるそうです。その他には、この時期の変化として、黒曜石の広域流通など遠距離石材の開拓が挙げられています。
本報告は、「交替劇」の年代となる5万年前以降、新旧の石器製作技術の混交が見られることや、中部旧石器と上部旧石器との「共存文化層」の存在という指摘などから、朝鮮半島では一方が他方を駆逐するような劇的な変化は見出しがたい、との見解を提示しています。ただ、質疑応答では、石材として石英を用い続けたことが伝統の連続性の根拠となるのか、ハンドアックスが消えることの方が重要なのではないか、との疑問が呈されています。また質疑応答では、朝鮮半島における石刃剥離技術の出現が、中国北部やさらに西方のユーラシアとの関わりで把握できるのではないか、との意見も見られました。
更新世の朝鮮半島についてはまったくと言ってよいほど白紙状態だったので、本報告には教えられるところが多々ありました。と言いますか、教えられることばかりだったように思います。朝鮮半島の通史を数冊読んだこともありますが、いずれも十数年以上前のことなので、すっかり忘れていました。旧石器時代に限らず、こうした私にとっての空白地域・年代は少なくないので、少しずつ空白を埋めていきたいものです。まあ空白を埋めるとはいっても、詳しく把握するという水準にまで到達するのは難しそうではありますが。
参考文献:
長井謙治(2013)「朝鮮半島における旧人・新人「交替劇」」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P143-160
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