ネアンデルタール人の完全なゲノム配列(追記有)
まだ日付は変わっていないのですが、12月20日分の記事として掲載しておきます。ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)の完全なゲノム配列についての研究(Prüfer et al., 2014)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。この研究の内容は、ロンドンの王立協会の先月の会議にてすでに報告されており、その場を騒然とさせたそうです(関連記事)。その会議にて、論文は近いうちに公表されると報告されたそうですが、それが今月18日になって公表されたというわけです。
この研究では、シベリアで発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性の完全なゲノム配列が報告されています。このゲノム配列は、これまでの研究で使われていたネアンデルタール人のそれよりもずっと精度が高く、現代人のそれに匹敵するほどのものだそうです。また、コーカサスで発見されたネアンデルタール人のゲノムも解析されましたが、こちらの精度はそれほど高くないそうです。この研究で新たに報告されたネアンデルタール人のゲノム配列は、利用可能な古代人および25人の現代人のゲノムと比較されました。すでに以前の記事で述べたことと一部重複しますが、この分析の結果、以下のようなことが判明しました。
(1)5万年前頃のシベリアのネアンデルタール人女性の両親は、互いの両親のうちの一方を共有する兄妹(もしくは姉弟)か、それに近いような血縁関係(伯父と姪など)にあった、と推定されました。この女性の両親は、異母兄妹(もしくは姉弟)か異父兄妹(もしくは姉弟)の関係だったかもしれない、ということです。また、この女性の近い祖先の間では、近親婚が一般的だっただろう、とも推定されています。
(2)現代人のゲノムに残っているネアンデルタール人の配列は約2%と推定されます。
(3)後期更新世において多くの人類集団間で交雑が起きたと考えられます。ネアンデルタール人・デニソワ人・初期現生人類(ホモ=サピエンス)の間で交雑のあったことが改めて確認されました。さらに、未知の古代型集団からデニソワ人への遺伝子流動も推定されました。もっとも、未知の人類集団とはいっても、あくまでも遺伝的に未知の系統ということであり、既知の化石人骨のどれかと同系統である可能性は低くないだろう、と私は考えています。
(4)この研究で判明したというか、高精度のネアンデルタール人のゲノム配列が得られたことにより、今後の展望が開けたという点についてです。現生人類の系統とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先の系統とが分岐した後、現生人類において生じて固定された遺伝子の置換部分の一覧表を、作成することが可能となりました。
この研究はたいへん意義深く、今後、後期更新世の人類の進化を遺伝学的に研究するうえで重要な成果が提示された、と思います。後期更新世における各系統の人類集団間の交雑の様相は、5年ほど前に想定されていたよりもかなりかなり複雑だった可能性が高くなってきた、と言えるでしょう。今後さらに、新たな系統の人類が遺伝学的に確認される可能性もあるでしょう。もっとも、上述したように、遺伝学的に新たな系統の人類とはいっても、既知の化石人骨のどれかと同系統の可能性もありますが。
ネアンデルタール人社会における近親婚の問題については、現時点では判断が難しいと思います。完新世と比較して人口密度の低いだろう更新世において、近親婚が現代よりも高頻度だった可能性は高いでしょう。しかし、この研究で推測されたような水準の近親婚がネアンデルタール人社会で広く行われていたのかというと、とてもまだ結論をくだせるような状況ではないと思います。少ない事例から過度に一般化することには慎重でなければなりません。今後、さらに検証例を増やしていく必要があるでしょう。
参考文献:
Prüfer K. et al.(2014): The complete genome sequence of a Neanderthal from the Altai Mountains. Nature, 505, 7481, 43–49.
http://dx.doi.org/10.1038/nature12886
追記(2015年4月21日)
述べ忘れていたことについて追記しておきます。推定分岐年代に不正確なところもあるものの、現生人類(Homo sapiens)の祖先系統とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)およびデニソワ人(種もしくは亜種区分未定)の共通祖先系統の分岐年代が589000~553000年前頃、ネアンデルタール人とデニソワ人の分岐年代が381000年前頃となります。一方、ランダムに対立遺伝子を選択して比較した場合、現生人類の祖先系統とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統の推定分岐年代が765000~550000年前頃、ネアンデルタール人とデニソワ人の推定分岐年代が473000~445000年前頃です。
デニソワ洞窟で発見された女性のネアンデルタール人にはホモ接合性(対立遺伝子のDNA配列が同じこと)の長い領域がいくつか見られたので、上述したように、彼女の両親は近親関係にある、と考えられます。
ゲノム解析の結果から、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の系統は100万年以上前に人口が減少した、と推測されています。しかし、現生人類の系統はその後に人口が増加したのに対して、アルタイのネアンデルタール人とデニソワ人の祖先集団の人口規模はさらに縮小していきました。このように、ネアンデルタール人とデニソワ人の人口史は現生人類のそれと異なります。
非アフリカ系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域は1.5~2.1%と推定され、それはシベリアのネアンデルタール人よりもコーカサスのメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)のネアンデルタール人の方ともっと密接な関係があります。
この研究では、シベリアで発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性の完全なゲノム配列が報告されています。このゲノム配列は、これまでの研究で使われていたネアンデルタール人のそれよりもずっと精度が高く、現代人のそれに匹敵するほどのものだそうです。また、コーカサスで発見されたネアンデルタール人のゲノムも解析されましたが、こちらの精度はそれほど高くないそうです。この研究で新たに報告されたネアンデルタール人のゲノム配列は、利用可能な古代人および25人の現代人のゲノムと比較されました。すでに以前の記事で述べたことと一部重複しますが、この分析の結果、以下のようなことが判明しました。
(1)5万年前頃のシベリアのネアンデルタール人女性の両親は、互いの両親のうちの一方を共有する兄妹(もしくは姉弟)か、それに近いような血縁関係(伯父と姪など)にあった、と推定されました。この女性の両親は、異母兄妹(もしくは姉弟)か異父兄妹(もしくは姉弟)の関係だったかもしれない、ということです。また、この女性の近い祖先の間では、近親婚が一般的だっただろう、とも推定されています。
(2)現代人のゲノムに残っているネアンデルタール人の配列は約2%と推定されます。
(3)後期更新世において多くの人類集団間で交雑が起きたと考えられます。ネアンデルタール人・デニソワ人・初期現生人類(ホモ=サピエンス)の間で交雑のあったことが改めて確認されました。さらに、未知の古代型集団からデニソワ人への遺伝子流動も推定されました。もっとも、未知の人類集団とはいっても、あくまでも遺伝的に未知の系統ということであり、既知の化石人骨のどれかと同系統である可能性は低くないだろう、と私は考えています。
(4)この研究で判明したというか、高精度のネアンデルタール人のゲノム配列が得られたことにより、今後の展望が開けたという点についてです。現生人類の系統とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先の系統とが分岐した後、現生人類において生じて固定された遺伝子の置換部分の一覧表を、作成することが可能となりました。
この研究はたいへん意義深く、今後、後期更新世の人類の進化を遺伝学的に研究するうえで重要な成果が提示された、と思います。後期更新世における各系統の人類集団間の交雑の様相は、5年ほど前に想定されていたよりもかなりかなり複雑だった可能性が高くなってきた、と言えるでしょう。今後さらに、新たな系統の人類が遺伝学的に確認される可能性もあるでしょう。もっとも、上述したように、遺伝学的に新たな系統の人類とはいっても、既知の化石人骨のどれかと同系統の可能性もありますが。
ネアンデルタール人社会における近親婚の問題については、現時点では判断が難しいと思います。完新世と比較して人口密度の低いだろう更新世において、近親婚が現代よりも高頻度だった可能性は高いでしょう。しかし、この研究で推測されたような水準の近親婚がネアンデルタール人社会で広く行われていたのかというと、とてもまだ結論をくだせるような状況ではないと思います。少ない事例から過度に一般化することには慎重でなければなりません。今後、さらに検証例を増やしていく必要があるでしょう。
参考文献:
Prüfer K. et al.(2014): The complete genome sequence of a Neanderthal from the Altai Mountains. Nature, 505, 7481, 43–49.
http://dx.doi.org/10.1038/nature12886
追記(2015年4月21日)
述べ忘れていたことについて追記しておきます。推定分岐年代に不正確なところもあるものの、現生人類(Homo sapiens)の祖先系統とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)およびデニソワ人(種もしくは亜種区分未定)の共通祖先系統の分岐年代が589000~553000年前頃、ネアンデルタール人とデニソワ人の分岐年代が381000年前頃となります。一方、ランダムに対立遺伝子を選択して比較した場合、現生人類の祖先系統とネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統の推定分岐年代が765000~550000年前頃、ネアンデルタール人とデニソワ人の推定分岐年代が473000~445000年前頃です。
デニソワ洞窟で発見された女性のネアンデルタール人にはホモ接合性(対立遺伝子のDNA配列が同じこと)の長い領域がいくつか見られたので、上述したように、彼女の両親は近親関係にある、と考えられます。
ゲノム解析の結果から、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の系統は100万年以上前に人口が減少した、と推測されています。しかし、現生人類の系統はその後に人口が増加したのに対して、アルタイのネアンデルタール人とデニソワ人の祖先集団の人口規模はさらに縮小していきました。このように、ネアンデルタール人とデニソワ人の人口史は現生人類のそれと異なります。
非アフリカ系現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域は1.5~2.1%と推定され、それはシベリアのネアンデルタール人よりもコーカサスのメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)のネアンデルタール人の方ともっと密接な関係があります。
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