石村智「東南アジア・オセアニアにおける新人の拡散─人類の海洋への適応の第一歩─」

 まだ日付は変わっていないのですが、11月28日分の記事として2本掲載しておきます(その一)。西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』所収の報告です(関連記事)。本報告はまず、東南アジア・オセアニアには「旧人」は進出しなかっただろう、との見解を提示します。この地域に「旧人」が来ず、現生人類が適応できた理由を考えると、他地域においてなぜ「旧人と新人の交替劇」が起きたのか、理解する一助になるのではないか、と本報告は提起しています。

 本報告を読んで思うのは、そもそも東南アジア・オセアニアにおいて下部・中部・上部という旧石器時代の区分が適用できるのか、ということです。本報告では言及されていませんでしたが、東南アジア島嶼部においては、現生人類とそれ以外の人類との間で石器製作技術を明確に区分しにくい、との見解も提示されています(関連記事)。以下、本報告について短くまとめることにします。

 いわゆるジャワ原人には石器が共伴しない、と長らく言われていきましたが、近年の研究では、共伴すると報告されているそうです。同じくジャワ島で発見されたソロ人については、近年の研究では年代が55万~15万年前頃とされ、歯の形質的な計測などから、「旧人」ではなく「原人」だという見解が有力になっているようです。ホモ=フロレシエンシスの位置づけについては、本報告では判断保留となっています。

 旧スンダランド地域では、中部旧石器以前と考えられている遺跡が複数報告されています。いずれもチョッパーやチョッピングトゥールが主体的な石器群で、技術的に特徴をとらえにくいものが多い、というのが本報告の見解です。年代については、120万年前頃とか70万年前頃とかいった数値には不確定なところがある、と本報告は指摘しています。ルヴァロワ技術が確認されるとして中部旧石器と報告されている石器もあるのですが、本当にそう判断できるのか、偶然の産物ではないのか、と本報告は疑問を呈しています。

 上部旧石器時代とされる遺跡で発見される石器群にしても、不定型な剥片と石核からなるチョッパーやチョッピングトゥールとのことです。上部旧石器時代の年代は、4万年前頃~完新世の前までとされています。上部旧石器とされている石器群は、下部旧石器・中部旧石器とされている石器群と技術的に差がないというか、どこで区別してよいのかよく分からない、というのが本報告の見解です。完新世になると磨製石斧や貝製品が用いられるようになり、5000年前頃に土器が出現しますが、一方で依然として礫器が中心の構成になっているそうです。旧スンダランド地域では、石器に関してはほとんど変化の様相が見られず、石器の形態から中部旧石器と上部旧石器を区別するのは難しい、というのが本報告の見解です。

 旧石器時代のサフルランドは、オーストラリア側とニューギニア側で様相が異なるそうです。サフルランドに進出した人類は現生人類だけとされています。オーストラリアへの人類の移住は5万年前頃までさかのぼる、というのが現在有力視されている見解のようです。オーストラリアでは、馬蹄形石器と不定型な剥片石器が伴うのが一般的とのことです。ただ、オーストラリア北部では、25000~20000年前頃にかけて磨製石斧が見られます。これは、日本の岩宿遺跡の局部磨製石斧とともに、世界最古級の磨製石器とされています。

 ニューギニアでは、真ん中のあたりがくびれた形態をしている石斧が多数、長期間にわたって作られていたようです。ただ、ニューギニアでも島嶼部の方では石斧がそれほど発達せず、黒曜石の移動が確認できるそうです。

 本報告は、東南アジア・オセアニアにおける現生人類の拡散に関して、ウォーレス線を越えたことを重視します。そのためには、舟を作って渡海しなければならないから、というのがその理由です。舟は異なる素材を組み合わせて作るものであり、本報告はここに象徴的行動・現代人的行動を見出します。また、海を越えた向こうに居住環境があることをある程度理解する未来予測性が認められるだろうという意味でも、本報告はウォーレス線を越えたことの現代人性を見出して重視しています。本報告は、こうした現生人類の海洋能力はスンダランドの湿地帯で発達したのではないか、と推測しています。

 スンダランド・サフルランドにおけるこの他の象徴的行動として、本報告はオーストラリア北部における壁画を挙げています。また、オーストラリアのマンゴ湖で、更新世の火葬人骨およびオーカーのまかれた人骨が発見されている事例も挙げています。本報告はまた、スンダランドとサフルランドへの人類の進出はともに5万年前頃でほとんど差はなく、それはこの時期に現生人類の神経系に変化が生じて象徴的思考が可能になった、とする大躍進説(神経学仮説、創造の爆発説)と符合する、と指摘しています。ただ、この見解が成立するか疑問ですし、スンダランドへの現生人類の進出時期については、5万年前頃よりもさかのぼる可能性は低くないだろう、と思います。


参考文献:
石村智(2013)「東南アジア・オセアニアにおける新人の拡散─人類の海洋への適応の第一歩─」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人─旧石器考古学からみた交替劇』(六一書房)P114-128

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