『天智と天武~新説・日本書紀~』第31話「史隠匿」

 まだ日付は変わっていないのですが、11月26日分の記事として2本掲載しておきます(その二)。『ビッグコミック』2013年12月10日号掲載分の感想です。前回は、大海人皇子が中大兄皇子と豊璋に、豊璋は傀儡の王にすぎず、意に沿わなければ殺すという鬼室福信の真意を伝え、豊璋が衝撃を受けた、というところで終了しました。今回は、大海人皇子が豊璋に、鬼室福信と18万もの敵兵が待つ韓の国へ殺されに行きますか、と問いかける場面から始まります。

 大海人皇子に問いかけられた豊璋は顔をそむけて外を見つめ、諦念を浮かべながら、それでも百済の遺民がいる限り、自分は王でありその地は祖国なのです、と答えます。豊璋のこの返答に中大兄皇子は満足な様子で、その通りだ、王は絶対であり、王に背く家臣など、そなたが殺してしまえばよいだけだ、と言います。大海人皇子はさらに説得を続け、それでは人がついてこない、豊璋の父である義慈王の横暴が百済滅亡の一因でもある、と訴えます。

 しかし中大兄皇子はこれを無視し、敵が18万だろうが100万だろうが、百済復興の機会は今しかない、と力強く断言します。唐の真の目的は高句麗討伐だが、淵蓋蘇文(泉蓋蘇文)の率いる高句麗は強いので、唐がいかに新羅と組もうともそう簡単には倒せない、唐・新羅が高句麗討伐にてこずっている隙を突けば、勝機は必ずある、と中大兄皇子は力説します。逆に言えば、今攻めないと豊璋は永久に祖国を失ってしまうということだ、と中大兄皇子が言うと、私もそう思います、と豊璋が同意します。わざわざ朝鮮半島まで行って無駄足だったな、と中大兄皇子は愚弄するように大海人皇子の肩を軽く叩き、豊璋とともに立ち去ります。

 豊璋と二人になった中大兄皇子は、鏡王女が息災か豊璋に尋ねます。中大兄皇子は、鏡王女が中大兄皇子から豊璋へと譲り渡された後、すぐに史(不比等)という男子を産んだことを知っていました。はい、おかげ様で、と豊璋は答えます。百済に戻るとなると家族は置いていくことになるのう?と中大兄皇子に問われた豊璋は、今の状態では仕方ない、復興できれば呼び寄せることもできるでしょう、と答えます。

 すると中大兄皇子は、家族は置いていけ、自分が預かろう、と豊璋に提案します。豊璋は、とんでもございません、と恐縮してその提案を断り、史は信頼できる者に任せます、と答えます。その答えを聞いた中大兄皇子は、自分が一番信頼できるとは思わないか、と豊璋に問いかけます。中大兄皇子は、冷酷さと皮肉を交えたような表情で、史は自分の胤かもしれないからのう、と言います。すると豊璋は狼狽し、月が合いません、史が生まれたのは鏡王女を賜ってから1年3ヶ月後のことです、と言います。しかし中大兄皇子は、構わない、男子であれば何人いてもよい、どちらにしても優秀な子であろう、と言います。

 その晩、豊璋は自邸で、中大兄皇子の提案にどう対処すべきか、苦慮していました。そこへ大海人皇子が訪れます。大海人皇子は豊璋に、いかに隙を突くとはいえ、唐・新羅相手に本当に勝てると思っているのですか、と問い質します。豊璋が、その件なら昼間にお話しした通り、と答えると、中大兄皇子はここにはいないのだ、と大海人皇子は言います。どうしろというのだ、と豊璋に尋ねられた大海人皇子は、自分を亡き道琛と思って、新羅が提案した和平の条件を聞いてはもらえないだろうか、と提案します。

 豊璋は立ち上がり、四分の一の領土返還か、と呟きます。我が国の民もあなたの民も無駄に血を流さずにすむ、復興はそこから始めればよいではありませんか、と大海人皇子は豊璋を説得します。すると豊璋は、以前、自分の息子の真人(定恵)を唐へ逃す手助けをしてもらったことがありましたね(第11話)、と言います。大海人皇子は真人のことを思い出し、唐にいる真人も戦は望んでいないはずだ、なんとか新羅の条件を呑むことはできないか、と豊璋を説得します。

 すると豊璋は、もう一度助けてくれるのなら考えます、と答えます。そこへ、眠っている史を抱いた鏡王女が入ってきます。史が生まれてから1年経っています。豊璋は大海人皇子に、史を中大兄皇子の目の届かないところに匿ってもらいたい、と大海人皇子に頼みます。大海人皇子に理由を問われた史は、中大兄皇子が史を自分の胤だと疑っている、真人の時と同じく政争に巻き込まれるのは避けたいが、戦乱となる韓の国へも連れていけない、鬼室福信に信頼が置けないならなおさらだ、と答えます。

 鏡王女も、たとえ側にいられずとも、元気に育ってくれるだけでよい、と大海人皇子に懇願します。自分より適任がいるはずだ、こんな大事を頼まれる謂われはない、と言う大海人皇子にたいして、中大兄皇子に対抗できるのはあなた様しかいない、と豊璋は断言し、鏡王女とともに、改めて史を匿うよう大海人皇子に懇願します。すると大海人皇子は、新羅の和平案を受け入れるのならば史のことは引き受ける、と答え、豊璋も鏡王女も安心した表情を浮かべます。

 同じ頃、額田王宅では、額田王と中大兄皇子が会っていました。大海人皇子が返ってくるとは、そなたの祈りが通じたわけだ、と中大兄皇子が言うと、大田皇女様もお喜びでした、と額田王は言います。姉の鏡王女にも伝えようと訪ねて行ったら、ちょうど出かけたばかりで残念だった、と額田王から聞いた中大兄皇子は、息子の史は元気だったか、と尋ねます。姉の鏡王女がこの寒い中、史を連れて豊璋に会いに行った、と額田王が答えると、中大兄皇子はすぐに事態を察して立ち上がり、豊璋邸へと向かいます。

 豊璋邸からは、ちょうど輿が出てくるところでした。中大兄皇子はその輿を止めて中を確認しますが、そこには成人女性がいるだけで、中大兄皇子から問い質されたその女性は、豊璋の側女だと答えます。これは、かつて大海人皇子が中大兄皇子に騙されたことをやり返した(第17話)、といった感じです。苛立った中大兄皇子はそのまま豊璋邸へと入り、鏡王女と史が来ているはずだ、と豊璋に問い質します。鏡王女は帰しました、と豊璋が答えると、史はどうしたのだ、と中大兄皇子はさらに問い質します。

 豊璋は笑みを浮かべて、ご心配ありがとうございます、信頼できる重臣に預けました、と答えます。どこへやったのだ、と中大兄皇子がなおも詰問すると、聞いておりません、しばらくは親も分からないところへ預けるのが一番安全です、と豊璋は答えます。私のところでは不満だったわけだな、と中大兄皇子に問われた豊璋は、はい、と答えます。中大兄皇子は激昂して豊璋に詰め寄りますが、命を守るためです、もし史があなた様のご子息であるなら尚のこと、と豊璋が言うと、中大兄皇子は豊璋から手を放し、しばらくとはいつまでだ、と豊璋に尋ねます。物心がつくまでは、と豊璋が言うと、分かった、その時まで待ってやろう、と言って中大兄皇子は立ち去ります。

 その頃、輿を担ぐ人夫になりすましていた大海人皇子は輿から離れ、よく眠る子で助かった、と安堵の溜息をつきます。中大兄皇子は焦って苛立っていたので、輿を担ぐ人夫のなかに大海人皇子がいることに気づかなかった、ということなのでしょうか。大海人皇子が背負った籠には伐採した木とともに史が入っており、上から布がかけられていました。この可愛い史が後に悪相の最高権力者になるわけですな・・・。大海人皇子が史を背負い、用意していた馬に乗る、というところで今回は終了です。大海人皇子は、祖父の蘇我毛人が造った隠れ里に史を匿うつもりなのでしょうか。

 大海人皇子が史(不比等)を匿うという展開は予想していませんでしたが、不比等は天智天皇(中大兄皇子)の御落胤という古くからの説を活かした、面白い話になっていました。これは重要な伏線なのでしょうが、今後の話にどう活かされるのか、現時点ではよく分かりません。不比等は大海人皇子の父である蘇我入鹿を極悪人として書くよう官人に命じています(第3話)。不比等がどのように権力を握ったのかということも含めて、今後の不比等と大海人皇子(天武天皇)との関係の推移がどう描かれるのか、注目しています。おそらく、物語全体の骨格はすでにできていて、今後も上手く話がつながっていくのではないか、と期待しています。

 史を匿うことで、大海人皇子にとっては、豊璋と中大兄皇子とを離間させる手がかりをつかんだ、とも言えます。じっさい、史をめぐって中大兄皇子と豊璋との関係はぎくしゃくしています。さらに言うと、百済復興について、大海人皇子の現地報告を聞いて、豊璋が自信を失いかけ、新羅の和平案に傾きつつあるのにたいして、中大兄皇子はますます援軍派兵を強硬に主張していますから、この点で中大兄皇子と豊璋の強固な関係が崩れつつあるように思われます。

 豊璋は、大海人皇子が自分を仇と考えていることを知っています。その豊璋が息子の史を大海人皇子に託したわけですから、豊璋の動揺がよく表れているように思います。真人の時も、豊璋はかなり動揺した様子を見せていましたから、冷酷なようでいて身内には甘いところがある、という設定なのでしょう。今回は、この以前の描写を活かした上手い話になっていました。

 大海人皇子も身内に甘いというか、家族への憧れのようなものが見られますが、中大兄皇子は大田皇女・鸕野讚良皇女(持統天皇)という娘二人には冷淡な態度を見せていました。ただ、蘇我倉山田石川麻呂の事件の後、その娘で中大兄皇子の妻である遠智媛を殺すよう豊璋が進言した時、中大兄皇子は遠智媛を庇っていましたから、中大兄皇子も身内には甘いところがあると言えそうです。まだ作中では言及さえされていない大友皇子にたいしては、中大兄皇子も甘くなるのでしょうか。

 今回の豊璋と大海人皇子との関係を見て、改めて、この作品の骨格の一つである、大海人皇子の復讐とは何なのだろう、と考えました。中大兄皇子と豊璋は、大海人皇子にとって父である蘇我入鹿(あくまでもこの作品での設定ですが)の仇であり、復讐を誓っています。しかし、その復讐とは、中大兄皇子と豊璋を殺すことではないように思います。

 以前、大海人皇子は異父兄の中大兄皇子にたいして、いつまでも思い通りにはさせない、必ず私が追い落とす、と宣言しました。この発言からすると、大海人皇子の復讐とは、逆賊とされた父の名誉を回復し、その政策を実現することにあるのかな、と思います。そのためには、中大兄皇子と豊璋を殺さずとも、失脚させればよい、ということなのでしょうか。大海人皇子の復讐劇と藤原氏の覇権とをどう結びつけて描くのか、この作品の見せ場になりそうです。

 朝鮮半島情勢を中大兄皇子に語らせた場面は読者に親切であり、なかなか上手かったと思います。一般漫画誌に掲載されている歴史ものですから、こうした工夫は重要になってくると思います。このところ、展開が遅くなっている感は否めませんが、丁寧に話が作られている感が伝わってきて、ますます面白くなっていますから、不満はまったくありません。

 予告は、「再び豊璋に恩を売った大海人だが・・・次号いよいよ日本軍出発!!」となっています。ついに倭軍が百済救援のため西へと向かうようです。中大兄皇子と斉明帝だけではなく、この陣中で出産する大田皇女・鸕野讚良皇女も共に向かうことでしょう。大海人皇子も加わるのでしょうが、大海人皇子・大田皇女・鸕野讚良皇女の関係がどのように描かれるのか、大いに注目しています。また、額田王の有名な歌の場面がどのように描かれるのか、という点も楽しみです。

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