水野俊平『庶民たちの朝鮮王朝』

 まだ日付は変わっていないのですが、11月20日分の記事として2本掲載しておきます(その一)。角川選書の一冊として、角川学芸出版より2013年6月に刊行されました。朝鮮王朝の庶民とはいっても、朝鮮王朝の歴史は500年以上になることもあって、扱う時代はおもに18世紀(17世紀末~19世紀初頭)で、対象地域は首都の漢城に限定されています。つまり、朝鮮王朝の庶民の多くを占めるだろう農民については触れられていません。羊頭狗肉との感もありますが、朝鮮王朝の長さを考えると仕方のないところでしょうか。

 本書は冒頭で、朝鮮王朝末期の混乱疲弊した時期に多い西洋人の記録から印象を受ける、貧しく未開な朝鮮の庶民という見解が、時期の限定された一面的な記録であることを指摘します。一方で本書は、日本による朝鮮半島の支配期間を否定するあまり、朝鮮王朝の時代があたかも固有文化の咲き誇る仙境だったかのように語る言説も一方的である、ということも指摘します。また、焼き肉や白菜のキムチなど、朝鮮の食文化の典型とみなされているものの中には、朝鮮王朝時代の庶民のものではないものもある、とも指摘しています。全体的に本書は冷静な筆致であり、以下、とくに興味深かった情報について備忘録として記しておきます。

●朝鮮王朝末期には支配層であるはずの両班が2/3を占めていた、などと揶揄する人が日本にもいるようですが、これはあくまでも戸籍上の区分であり、庶民層の台頭による身分制の弛緩が背景としてあるようです。

●朝鮮王朝の首都である漢城の人口は、18世紀後半には30万人以上に達したようです。当時の世界では大都市に区分されるそうです。

●朝鮮王朝には染色技術がなかったので、白い服を着るしかなかったのだ、との見解が日本のネットでは広がっているようですが、本書によると、白色が好まれていたにしても、染色された衣服も目につき、多様な色の布地が作られていた、とのことです。

●朝鮮王朝時代の漢城には水道がなく、飲料水は井戸と河川に依存していたようです。井戸が浅いことや人口の増加もあってか、漢城では水売りが盛んだったようです。

●朝鮮王朝時代の庶民の食事は米に依存していたようで、現代韓国人よりも多く食べていたのではないか、と推測されています。これは、米以外の食材に乏しかった、という事情があるようです。

●朝鮮王朝では市場が未発達ということもあって貨幣がなかなか浸透しませんでしたが、18世紀には貨幣が流通するようになり、租税が貨幣で納められることもあったようです。

●庶民の間に本が普及したのは、安価な小説が刊行されるようになった19世紀になってからで、それ以前は講談師が庶民に本を読み聞かせていました。

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