篠田謙一編『別冊日経サイエンス194 化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散』

 巻頭記事や一部のコラム以外は、基本的には『日経サイエンス』に掲載された記事の再掲となっています。このブログで過去に取り上げた記事もあるのですが、未読の記事が多かったので、購入して読んでみました。2009年以前の記事も再掲されているので、今となっては内容がやや古くなったものもあるのですが、新たに得た知識も多かったですし、これまでに得た知識の再確認・整理もできましたので、購入して正解だったと思います。

 巻頭の篠田謙一「21世紀の人類学の始まり」は、各記事の解説と、今後の人類学研究における課題・展望を簡潔にまとめています。

 K.ウォン「人類の系図」は、2008年頃までの人類の系図についてまとめています。初出は『日経サイエンス』2009年4月号です。

 K.ハーモン「人類の起源 崩れる祖先像」は、アルディピテクス=ラミダスの詳細な研究成果から初期人類の進化の複雑性を強調し、直立二足歩行が独自に複数回生じた可能性を示唆します。しかし、諏訪元氏の解説では、初期人類の進化をこの記事ほど複雑に考える必要はないだろう、と指摘されています。初出は『日経サイエンス』2013年6月号です。

 K.ウォン「猿人ルーシーの子ども」は、初期人類の化石としては稀なほど保存状態の良好なアウストラロピテクス=アファレンシスの女児についての記事です。このアファレンシスの女児の肩甲骨がゴリラに似ている、との見解が議論となったことも取り上げられています。初出は『日経サイエンス』2007年3月号です。

 K.ウォン「ホモ属直系の祖先?セディバ猿人の衝撃」は、南アフリカで発見された保存状態の良好なアウストラロピテクス=セディバについての記事です。発見・報告者たちがホモ属の祖先と主張するセディバですが、この記事でも取り上げられているように、200万年前頃という年代が新しすぎるとして、否定的な見解もあります。ただ、セディバがホモ属の祖先ではないとしても、保存状態がきわめて良好なので、たいへん貴重な発見であることは間違いありません。この記事では、セディバが原始的(アウストラロピテクス属的)特徴と派生的(ホモ属的)特徴の混在する存在であることが強調され、200万年前よりもさかのぼるホモ属と分類される人骨が断片的であることから、それらがホモ属と分類できるのか疑問である、と主張されています。初期ホモ属の進化の解明には、新たな保存状態のきわめて良好な人骨の発見が必要になるでしょう。初出は『日経サイエンス』2012年9月号です。

 K.ウォン「フロレス原人の謎 人類はアジアにいつ来たのか」は、ホモ=フロレシエンシスについての2009年頃までの研究動向をまとめた記事です。フロレシエンシスの祖先がエレクトスなのか、ハビリスのようなもっと原始的なホモ属なのか、という議論をおもに取り上げています。初出は『日経サイエンス』2010年月2号です。

 K.ウォン「ネアンデルタールのたそがれ」は、ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)の絶滅理由を、おもに現生人類(ホモ=サピエンス)との関係・両者の相違という観点から取り上げています。初出は『日経サイエンス』2009年11月号です。

 K.ウォン「覆った定説 ネアンデルタール人は賢かった」は、以前このブログで取り上げました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201008article_12.html
 
 G.スティックス「ゲノムが語る人類の拡散」は、ゲノム解読により明らかになってきた現生人類拡散の様相を取り上げており、現生人類とネアンデルタール人など他のホモ属との交雑の問題にも言及しています。初出は『日経サイエンス』2008年10月号です。

 D.ドレイナ「創始者変異でたどる人類の足跡」は、創始者変異の研究が治療のみではなく現生人類拡散の様相の解明にも役立つことを指摘しています。また、鎌状赤血球貧血症や血栓が生じやすい疾患などをもたらす遺伝子がなぜ継承されてきたのか、という理由も解説しています。初出は『日経サイエンス』2006年1月号です。

 L.アイエロ「ヒトの起源をのぞき見る新しい窓」は、ネアンデルタール人と現生人類との交雑は起きた可能性が高い、との研究成果を受けて、両者の違いを証明する手がかりになるだろう、ということを展望しています。初出は『日経サイエンス』2010年12月号です。

 M. F.ハマー「混血で勝ち残った人類」は、以前このブログで取り上げました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201310article_3.html

 C.W.マリーン「祖先はアフリカ南端で生き延びた」は、以前このブログで取り上げました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201010article_8.html

 H.プリングル「アジアから新大陸に渡った最初の人々」は、人類のアメリカ大陸への進出がクローヴィス文化よりもさかのぼることを、近年の遺伝学・考古学的成果から論じます。また、いわゆる無氷回廊が開けたのはクローヴィス最古説で想定されていた年代よりも古く、人類のアメリカ大陸への初期のあり得た移住経路として、海岸沿いだけではなく内陸も指摘しています。初出は『日経サイエンス』2012年3月号です。

 W.デイビス「最後の人たち 失われゆく文化」は、世界各地で少数民族の文化・言語が次々と失われつつあることへの危機感と、それが人類にとっていかに大きな損失かを訴えています。初出は『日経サイエンス』2010年12月号です。

 茂木健一郎、篠田謙一「DNAで探る日本人の起源」は、日本人の起源についての対談です。初出は『日経サイエンス』2007年6月号です。

 H.プリングル「創造する人類」は、人間の創造の起源について論じています。人間の創造の能力は生物学的には10万年前頃に完成し、文化の蓄積により開花した、と主張します。ただ、こうした潜在的能力が人類に備わった年代はもっとさかのぼる可能性もある、と私は考えています。初出は『日経サイエンス』2013年8月号です。

 K. Sポラード「DNAに見えた“人間の証し”」は、人間とチンパンジーとのゲノムを比較し、人間を特徴づけている遺伝子が何か、解説しています。重要なのは、DNAの置換数ではなく位置である、とのことです。初出は『日経サイエンス』2009年8月号です。

 M.ハウザー「知性の起源」は、人間の知性が他の生物と大きく違う特異なものであることを強調します。ただ、表題から受ける予想とは異なり、不明な点が多いとして知性の起源についてはあまり言及されていません。初出は『日経サイエンス』2009年12月号です。

 N.G.ジャブロンスキー「なぜヒトだけ無毛になったのか」は、人間が無毛というか薄毛になったのは、直立二足歩行して森林環境からサバンナに進出し、汗を出すことで放熱することにより体の器官を熱から保護することに適応したからだ、と論じます。初出は『日経サイエンス』2010年5月号です。

 R.カスパーリ「祖父母がもたらした社会の進化」は、ヨーロッパの初期現生人類における祖父母人口の割合が、アウストラロピテクス属・初期ホモ属・ネアンデルタール人のそれと比較してはるかに高いことを示し、これが経験の蓄積・継承をより容易にした結果、現生人類の繁栄がもたらされたのではないか、と論じます。初出は『日経サイエンス』2011年12月号です。

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