南アジアへの現生人類の最初の拡散時期

 南アジアへの現生人類(ホモ=サピエンス、解剖学的現代人)の最初の拡散時期についての研究(Mellars et al., 2013)の要約を読みました。この研究でも指摘されていますが、アフリカから南アジアへの現生人類の最初の拡散の時期については、74000年前頃のトバ山大噴火の前と後のどちらなのか、議論が続いています(早期拡散説と後期拡散説)。早期拡散説では、現生人類の南アジアへの最初の進出時期について、120000年前頃にまでさかのぼる、という想定もなされています。しかしこの研究では、アフリカ・アジアからの最近の遺伝学的証拠と、南アジアの遺跡からの最近の考古学的証拠は、早期拡散説と矛盾する、と主張されています。この研究が支持するのは後期拡散説で、東アフリカから南アジアへ60000~50000年前頃に現生人類は海岸沿いに拡散した、と推測しています。

 後期拡散説の想定する拡散は、アフリカの「現代的な」文化と明らかに関連しており、それは細石器・高度に形成された骨角器・個人的な装飾品・抽象的な芸術などである、というのがこの研究の主張です。またこの研究では、60000~50000年前頃の東アフリカから南アジアへの現生人類の拡散が、ユーラシアの他の地域において「古代型」のネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)が解剖学的現代人集団に置換された事例と似ていることも指摘されています。もっとも私は、東アフリカから南アジアへの10万年以上前までさかのぼる現生人類の早期拡散もじゅうぶんあり得る、と考えています。ただ、その場合、早期に東アフリカから南アジアへと進出した現生人類は、現代人の主要な遺伝子源にはならず、後発の現生人類集団に吸収され、現代では早期拡散の遺伝的痕跡を見つけるのが困難になっているのではないか、と思います。


参考文献:
Mellars P. et al.(2013): Genetic and archaeological perspectives on the initial modern human colonization of southern Asia. PNAS, 110, 26, 10699–10704.
http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1306043110

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