『天智と天武~新説・日本書紀~』第27話「哀しき影武者」

 これは9月29日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2013年10月10日号掲載分の感想です。前回は、大海人皇子が鬼室福信たちの帰還する船に忍び込んで新羅へと向かい、大海人皇子が見当たらないことに気づいた中大兄皇子が大海人皇子邸を訪ね、大海人皇子は臥せっているという使用人たちに、いいから開けろ、と強引に命じるところで終了しました。今回は、中大兄皇子が大海人皇子邸の門を強く叩き、開門するよう命じている場面から始まります。

 大海人皇子の使用人たちが門を開けると、大海人に会わせろ、と中大兄皇子は命じます。大海人皇子様は風邪で臥せっているので、言伝があればお聞きします、と答える使用人を払いのけて、中大兄皇子は強引に大海人皇子の部屋へと向かいます。使用人たちは、中大兄皇子に風邪がうつるとか、誰も通すなときつく言われているので自分たちが叱られる、とか言って中大兄皇子を止めようとしますが、強引な中大兄皇子を止めることはできません。大海人皇子の部屋に入った中大兄皇子は、兄弟二人きりにするよう大海人皇子の使用人たちに命じます。

 中大兄皇子に具合を尋ねられた鵲は布団をかぶって横のまま、御簾越しに風邪をひいたかのような声で、喉が少し、と答えます。すると中大兄皇子は、確かに声が妙なので熱がないかみてやろう、と言い出します。鵲は慌てて布団から上半身を立ち上げ、いけません、と言います。その様子を見た中大兄皇子が、暗くてよく分からないが、一回り小さくなったようだ、と疑うと、そんなことはありません、と言って鵲は立ち上がります。服の下で高下駄を履くという苦肉の策でした。

 元気そうではないか、こちらに来て顔を見せろ、と命じる中大兄皇子にたいして、本当に辛いのでお帰りください、と鵲は答えます。すると中大兄皇子は、分かった、と言います。鵲が安心して、布団から顔を出すと、そこには中大兄皇子の顔がありました。鵲を組み伏した中大兄皇子は、大海人皇子がどこにいるのか、鵲に問い質しますが、鵲は必死に秘密を守ろうとして答えません。しかし中大兄皇子には、大海人皇子が朝鮮半島へと向かう鬼室福信一行の船の中におり、戦を回避しようとしていることを見抜いていました。

 よい機会だ、ここを離れたことを後悔させてやる、と言う中大兄皇子にたいして、放してください、と鵲は懇願します。こんなふざけたまねをして許されるとでも思っているのか、お前があちこちで情報を密かに収集していることも含めて、今日こそ落とし前をつけてもらう、と中大兄皇子が言うと、鵲は覚悟を決めた様子で、どうとでもしてください、と言います。いい度胸だ、と言った中大兄皇子は刀を抜いて鵲の喉元に突きつけます。ひじょうに緊張感のある場面ですが、ここからまさかの驚愕の展開となります。

 中大兄皇子は突然鵲の顔を舐め始め、驚いた鵲が体を動かすと、動くと死ぬぞ、と冷静に脅迫します。中大兄皇子は鵲の顔を舐めながら、大海人を見限って、私のところへ来ないか、厚遇するぞ、と鵲に囁きます。大海人にどんな義理があるというのか、命を賭してまで尽くすべき男か、と鵲に説得するように尋ねた中大兄皇子は、自分なら働きに応じて地位・家屋敷・女まであてがってやる、と鵲に言い、考えてみないか、と言って鵲を誘惑しながら、鵲の股間に手を伸ばします。

 すると、あまりにも衝撃的な展開に震えてばかりだった鵲も、さすがに大声をあげてしまいます。大海人皇子の使用人たちが、大海人皇子の危機と思って慌ててやって来ると、中大兄皇子は平然と立ち上がって退室していきました。大海人皇子の使用人たちが大海人皇子の寝室で見たのは、涙を流して歯を震わせながら硬直して横たわっている鵲で、大海人皇子が朝鮮半島へと向かったことを知らなかった使用人たちは、唖然としてその様子を眺めていました。

 一方、朝鮮半島へと向かう船の中で、大海人皇子は船員の一人を長持ちに押し込め、船員になりすまして働き始めます。大海人皇子は船員と意思疎通ができているようなのですが、百済の言葉を話せるということでしょうか?鬼室福信将軍に酒を持っていくよう命じられた大海人皇子は、鬼室福信とその部下らしき男たちの会話を聞く機会に恵まれます。ややご都合主義的なところもありますが、創作物語なのでこれでよいと思います。

 鬼室福信とその部下らしき男たちの会話から、鬼室福信の本音が明らかになります。豊璋が帰国することを承知してくれてよかった、とある男が言うと、問題は豊璋が王の器かどうかだ、と別の男が懸念します。すると鬼室福信は、豊璋は倭国を戦に引きずり出すまでの道具で、復興までのお飾りにすぎない、何十年も本国を離れていた奴に好きにはさせない、と酒を飲んでいるためもあってか、あっさりと本音を打ち明けます。

 では、復興がかなった暁には、と男が尋ねると、まあ豊璋次第だ、出しゃばるようなら、と鬼室福信は言い、声を潜めて男たちと会話します。大海人皇子が退出しようとすると、鬼室福信が声をかけ、刀を抜いて大海人皇子に突きつけます。今の話を他言するな、というわけです。死ぬまでけっして誰にも言いません、と大海人皇子が誓って平伏すると、分かっているならよい、さっさと行け、と鬼室福信は言って大海人皇子を解放します。

 百済復興が前途多難・問題山積であることを改めて痛感した大海人皇子は、自国を百済復興の戦に巻き込むわけにはいかない、と強く決意します。その頃、大海人皇子邸では、大海人皇子の影武者を務めていたことを中大兄皇子に暴かれ、それを大海人皇子の使用人たちにも知られた鵲が、大海人皇子の使用人たちに、似ても似つかないお前を影武者にするわけないだろう、図々しい、大海人皇子様はどこに行ったのだと責め立てられている、というところで今回は終了です。

 今回はまさかの衝撃的展開に唖然としてしまいました。大田皇女か鸕野讚良皇女(持統天皇)が窮地の鵲を救うのではないか、と私は予想していたのですが、残念ながら二人とも登場しませんでした。まあ、この時代に皇族(王族)が婚姻関係にある女性と同居していたのかというと、大田皇女や鸕野讚良皇女のような有力な皇女はそうではなかった可能性が高そうですが、第17話では、この姉妹が嫁いできたと説明されていたので、別の屋敷に住んでいるとも説明されていたものの、同じ大海人皇子邸の敷地内の別の建物にいるのかなあ、と思っていました。倭国首脳部が百済救援軍として九州へ向かう描写では、さすがにこの姉妹も描かれるでしょうから、その時を楽しみにしています。

 さて、本題の衝撃的展開ですが、さすがにこれはまったく予想していませんでした。蘇我入鹿への想いや入鹿にそっくりの大海人皇子への複雑な感情や「巡り物語」での告白などから、中大兄皇子には耽美的なところがあるのかな、と思っていただけに、この作品のブサイク枠(他には蘇我倉山田石川麻呂や孝徳帝や有間皇子)の代表格である鵲にも性的行為に及ぶとは、本当に意外でした。まあ、中大兄皇子は蘇我赤兄にも手を出していますが、赤兄はこの作品において美形枠に入るかというと微妙かもしれないにしても、少なくともブサイク枠には入らないでしょう。

 おそらくは中大兄皇子よりも身体能力の優れている鵲は、身分の隔絶や大海人皇子の立場への配慮もあるにしても、今回は中大兄皇子にいいようにされるままで、その描写からも、これがたいへんなトラウマになっただろう、と分かります。今回の中大兄皇子とのやり取りが、鵲の心境に変化をもたらすことは間違いないでしょう。これまでは、鵲が大海人皇子を裏切るようなことはまったく考えていなかったのですが、あるいは、今後鵲が大海人皇子の意に反するような行動をとるような展開になる可能性もあるのかな、とも思います。

 今回は、後の鬼室福信と豊璋との対立を予感させる場面も描かれ、白村江の戦いに向けて、なかなか丁寧に話を作っているな、と感心します。鬼室福信の感情は自然なもので、なかなか説得力のある話になっていました。おそらくはこの作品第一の山場となるであろう白村江の戦いは、そこへと至る過程も含めて、ひじょうに丁寧に描かれそうです。じっさい、白村江の戦いまでに、大田皇女の出産・斉明帝の崩御・鸕野讚良皇女の出産・鬼室福信の殺害といった、この作品でも描かれるであろう重要な出来事が少なくないわけで、その分展開が遅いと感じる読者も増えてくるかもしれませんが、私はとくに不満に思わないでしょう。

 予告は、「次号、新羅王と感動の再会!!」となっており、大海人皇子が武烈王(金春秋)と再会するようです。大海人皇子は武烈王に百済復興軍との和解を説くのでしょうが、この情勢で武烈王がそれを呑むとも思えません。ただ、武烈王は作中では翌年(661年)に高句麗への遠征の途上で没していますので、先により強力な高句麗の方を攻めるので、その間に大海人皇子をはじめとして倭国の非戦派が何とかするよう、大海人皇子に提案するのかもしれません。しかし、大海人皇子が新羅へと向かったことを確信した中大兄皇子が、戦の準備を進めて、もはや百済復興軍と新羅・唐の連合軍との戦は避けられなくなった、という展開になりそうな気もします。ともかく、次号も楽しみです。

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