アリス=ロバーツ著、野中香方子訳『人類20万年遥かなる旅路』
文藝春秋社より2013年5月に刊行されました。原書の刊行は2009年です。今年6月・7月にNHK教育テレビの『地球ドラマチック』で3回にわたって放送された「人類 遥かなる旅路」
https://sicambre.seesaa.net/article/201306article_19.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201307article_9.html
https://sicambre.seesaa.net/article/201307article_31.html
のもとになったBBCのドキュメンタリー番組を書籍化したのが本書で、医師・解剖学者でもある著者が、現生人類(ホモ=サピエンス)拡散の様相を世界各地の遺跡・研究機関などを訪れて探っていく、という内容になっています。
原書の刊行は2009年で、参考文献一覧を見ると、2008年前半頃までの研究成果が取り入れられているようです。原書の刊行は2009年ということで、目新しい情報はないのですが、著者は世界各地の遺跡・研究機関などを訪れて著名な研究者にも取材し、時には採集狩猟民と行動を共にしており、ドキュメンタリーとしての価値も高いと思います。もちろん、現生人類拡散の様相や、現生人類の起源といった学術的な論争についての整理・紹介も有益なのですが、更新世~完新世最初期の現生人類の通史としてみた場合、それはドキュメンタリー部分の合間に断片的に述べられているため、やや読みにくいと言えそうです。とはいっても、現生人類の進化・拡散の様相についての、魅力的な一般向け書籍になっていることも確かだとは思います。
現生人類アフリカ単一起源説を妥当だと考えている著者は、世界各地の遺跡・研究機関を訪れるなかで、現生人類多地域進化説を主張する研究者にも取材しています。著者は現生人類アフリカ単一起源説に確信を持っているようだということもあってか、多地域進化説を主張する研究者にたいしての記述が冷淡なのが、やや笑えるところではあります。しかし、本書を読んだ限りでは、少数派とはいってもというか、或いはそれだからこそなのか、多地域進化説を主張する研究者の態度は揺るぎなく、とても近いうちに多地域進化説を撤回するようには思えませんでした。
もっとも、本書でも紹介されていましたが、中華人民共和国では今でも現生人類多地域進化説派が多数を占めています。本書P267によると、「中国政府は考古学を利用して、単一民族国家主義を強調し、『中国人』としての国民の意識を高めようとしている」との批判もあるそうですが、そうした批判は中国社会において影響力は小さいようです。ただ、本書でも紹介されているように、上海にある復旦大学の遺伝学研究所が中心となって、現生人類アフリカ単一起源説を強く支持する、Y染色体についての研究(Ke et al., 2001)がかつて行なわれました。
しかし、この研究に加わった復旦大学の金力教授によると、元々は、100万年以上前に現在の中国領にいたホモ=エレクトスから現代人中国人は進化した、という中国では有力視されている仮説を証明するために始めた研究とのことで、そのように教育を受けてきた金力教授も、中国における人類進化の地域連続説の証拠を見つけたかった、とのことです。しかし、金力教授は科学者として研究結果を受け止め、地域連続説は間違っており、現生人類アフリカ単一起源説が正しいと考えるに至った、とのことです。現生人類の起源をめぐる議論は、中華人民共和国の「核心的利益」に抵触することが少ないため、中国人研究者も(おそらく一般国民も)わりと自由に発言できるのでしょう。
参考文献:
Ke Y. et al.(2001): African Origin of Modern Humans in East Asia: A Tale of 12,000 Y Chromosomes. Science, 292, 5519, 1151-1153.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1060011
Robert A.著(2013)、野中香方子訳『人類20万年遥かなる旅路』(文藝春秋社、原書の刊行は2009年)
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のもとになったBBCのドキュメンタリー番組を書籍化したのが本書で、医師・解剖学者でもある著者が、現生人類(ホモ=サピエンス)拡散の様相を世界各地の遺跡・研究機関などを訪れて探っていく、という内容になっています。
原書の刊行は2009年で、参考文献一覧を見ると、2008年前半頃までの研究成果が取り入れられているようです。原書の刊行は2009年ということで、目新しい情報はないのですが、著者は世界各地の遺跡・研究機関などを訪れて著名な研究者にも取材し、時には採集狩猟民と行動を共にしており、ドキュメンタリーとしての価値も高いと思います。もちろん、現生人類拡散の様相や、現生人類の起源といった学術的な論争についての整理・紹介も有益なのですが、更新世~完新世最初期の現生人類の通史としてみた場合、それはドキュメンタリー部分の合間に断片的に述べられているため、やや読みにくいと言えそうです。とはいっても、現生人類の進化・拡散の様相についての、魅力的な一般向け書籍になっていることも確かだとは思います。
現生人類アフリカ単一起源説を妥当だと考えている著者は、世界各地の遺跡・研究機関を訪れるなかで、現生人類多地域進化説を主張する研究者にも取材しています。著者は現生人類アフリカ単一起源説に確信を持っているようだということもあってか、多地域進化説を主張する研究者にたいしての記述が冷淡なのが、やや笑えるところではあります。しかし、本書を読んだ限りでは、少数派とはいってもというか、或いはそれだからこそなのか、多地域進化説を主張する研究者の態度は揺るぎなく、とても近いうちに多地域進化説を撤回するようには思えませんでした。
もっとも、本書でも紹介されていましたが、中華人民共和国では今でも現生人類多地域進化説派が多数を占めています。本書P267によると、「中国政府は考古学を利用して、単一民族国家主義を強調し、『中国人』としての国民の意識を高めようとしている」との批判もあるそうですが、そうした批判は中国社会において影響力は小さいようです。ただ、本書でも紹介されているように、上海にある復旦大学の遺伝学研究所が中心となって、現生人類アフリカ単一起源説を強く支持する、Y染色体についての研究(Ke et al., 2001)がかつて行なわれました。
しかし、この研究に加わった復旦大学の金力教授によると、元々は、100万年以上前に現在の中国領にいたホモ=エレクトスから現代人中国人は進化した、という中国では有力視されている仮説を証明するために始めた研究とのことで、そのように教育を受けてきた金力教授も、中国における人類進化の地域連続説の証拠を見つけたかった、とのことです。しかし、金力教授は科学者として研究結果を受け止め、地域連続説は間違っており、現生人類アフリカ単一起源説が正しいと考えるに至った、とのことです。現生人類の起源をめぐる議論は、中華人民共和国の「核心的利益」に抵触することが少ないため、中国人研究者も(おそらく一般国民も)わりと自由に発言できるのでしょう。
参考文献:
Ke Y. et al.(2001): African Origin of Modern Humans in East Asia: A Tale of 12,000 Y Chromosomes. Science, 292, 5519, 1151-1153.
http://dx.doi.org/10.1126/science.1060011
Robert A.著(2013)、野中香方子訳『人類20万年遥かなる旅路』(文藝春秋社、原書の刊行は2009年)
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