マイク=モーウッド博士死去
これは8月16日分の記事として掲載しておきます。インドネシア領フローレス島で発見されたホモ=フロレシエンシスの発見・研究でも有名な考古学者のマイク=モーウッド博士が、先月23日に癌のために62歳で亡くなった、と報道されました(この報道によると、モーウッド博士は1950年10月27日生まれとのことです)。モーウッド博士が亡くなったことを知ったのは、今月11日にフロレシエンシスについて検索していた時のことで、不覚にも亡くなってから半月以上も知りませんでした。まだ62歳という年齢で、これからさらに研究を積み重ねていくことができただろうと思うと、なんとも残念でなりません。上記報道によると、モーウッド博士はなくなる前日にも今後の研究計画を話していたとのことで、亡くなるまで頭脳は明晰だったようです。
フロレシエンシスの発見は単なる偶然ではなく、モーウッド博士の努力が結実したものでした。もちろん、当初はフロレシエンシスのような人類の発見を想定していたわけではなく、ホモ=エレクトスの発見を目標としていました。フロレシエンシス発見の前史として、モーウッド博士たちが20世紀末にフローレス島のソア盆地で880000±70000年前頃の石器を発見した、ということがあるのですが、さらにその前史として、1960年代にセオドール=ヴァーホーヴェン神父がフローレス島で石器を発見していた、ということがありました。ヴァーホーヴェン神父は、その年代が75万年前頃で、担い手はエレクトスだと主張しました。しかし、フローレス島が更新世に大陸と陸続きになったことがないため、航海の能力に欠けているだろうエレクトスがフローレス島に渡ったとは考えにくいということもあって、フローレス島の880000±70000年前頃の石器という主張は、フロレシエンシスが発見されるまで肯定的に取り上げられることが少なかったように思います。
その後モーウッド博士たちは、フローレス島のリアンブア洞窟でフロレシエンシスの骨や他の動物の骨や石器などを2003年に発見し(公表は2004年)、2004年の発掘でさらなる人骨も発見し(公表は2005年)、2010年にはフローレス島の石器が100万年以上前までさかのぼる、との研究を公表しました(関連記事)。上記の報道でも触れられていましたが、モーウッド博士の計画は意欲的で、フローレス島の他の洞窟やフローレス島の近隣の島々にフロレシエンシスの痕跡を探し(関連記事)、フロレシエンシスの近縁集団がオーストラリア北端部にまで進出していたかもしれない、との見解を述べたこともありました(関連記事)。
現時点では、こうしたモーウッド博士の意欲的計画はまだ実を結んでいないようですが、今後、フローレス島やその近隣で現生人類(ホモ=サピエンス)以外の人類のさらなる痕跡が発見されることを願っています。日本語訳のあるモーウッド博士の著書に『ホモ・フロレシエンシス』上・下(日本放送出版協会、2008年)があり(関連記事)、私も購入して読んだのですが、同書はたいへん読みごたえがあり、「とくに面白かった本」という記事でも取り上げたくらいです(関連記事)。私にとって同書は読みごたえがあったという以上の思い入れがあり、国立科学博物館にてフロレシエンシスについての講演会が開催されたさい(関連記事)、講演のために来日したモーウッド博士より同書の見返しにサインを頂きました。モーウッド博士に、改めてそのさいのお礼を申し上げるとともに、謹んで哀悼の意を表します。
フロレシエンシスの発見は単なる偶然ではなく、モーウッド博士の努力が結実したものでした。もちろん、当初はフロレシエンシスのような人類の発見を想定していたわけではなく、ホモ=エレクトスの発見を目標としていました。フロレシエンシス発見の前史として、モーウッド博士たちが20世紀末にフローレス島のソア盆地で880000±70000年前頃の石器を発見した、ということがあるのですが、さらにその前史として、1960年代にセオドール=ヴァーホーヴェン神父がフローレス島で石器を発見していた、ということがありました。ヴァーホーヴェン神父は、その年代が75万年前頃で、担い手はエレクトスだと主張しました。しかし、フローレス島が更新世に大陸と陸続きになったことがないため、航海の能力に欠けているだろうエレクトスがフローレス島に渡ったとは考えにくいということもあって、フローレス島の880000±70000年前頃の石器という主張は、フロレシエンシスが発見されるまで肯定的に取り上げられることが少なかったように思います。
その後モーウッド博士たちは、フローレス島のリアンブア洞窟でフロレシエンシスの骨や他の動物の骨や石器などを2003年に発見し(公表は2004年)、2004年の発掘でさらなる人骨も発見し(公表は2005年)、2010年にはフローレス島の石器が100万年以上前までさかのぼる、との研究を公表しました(関連記事)。上記の報道でも触れられていましたが、モーウッド博士の計画は意欲的で、フローレス島の他の洞窟やフローレス島の近隣の島々にフロレシエンシスの痕跡を探し(関連記事)、フロレシエンシスの近縁集団がオーストラリア北端部にまで進出していたかもしれない、との見解を述べたこともありました(関連記事)。
現時点では、こうしたモーウッド博士の意欲的計画はまだ実を結んでいないようですが、今後、フローレス島やその近隣で現生人類(ホモ=サピエンス)以外の人類のさらなる痕跡が発見されることを願っています。日本語訳のあるモーウッド博士の著書に『ホモ・フロレシエンシス』上・下(日本放送出版協会、2008年)があり(関連記事)、私も購入して読んだのですが、同書はたいへん読みごたえがあり、「とくに面白かった本」という記事でも取り上げたくらいです(関連記事)。私にとって同書は読みごたえがあったという以上の思い入れがあり、国立科学博物館にてフロレシエンシスについての講演会が開催されたさい(関連記事)、講演のために来日したモーウッド博士より同書の見返しにサインを頂きました。モーウッド博士に、改めてそのさいのお礼を申し上げるとともに、謹んで哀悼の意を表します。
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