『天智と天武~新説・日本書紀~』第24話「額田王が選んだ男」

 これは8月15日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2013年8月25日号掲載分の感想です。前回は、中大兄皇子が、額田王に話すよう促すところで終了しました。今回は、その額田王が話し始めるところから始まります。自分の心の奥底にしまっているものを聞いて頂きたいが、どんなに醜く不快に感じられたとしても、広い心で許すよう約束してもらいたい、そうでなければ話せない、と額田王はその場にいる中大兄皇子・豊璋・大海人皇子・鏡王女に言います。すると中大兄皇子は、もちろん約束しよう、この場はそうした話こそ望んでいる、聞きたくない奴は去れ、と言い、異論はないな、皆に念押しします。大海人皇子と豊璋は表情を変えませんが、鏡王女は困惑したような表情を浮かべます。

 額田王は、皆様の話を聞きながら、昔の自分を思い出していた、その頃自分は、男に生まれていたらと夢想していた、しょせん女は男に振り回されるだけの存在、つまらないと思う一方、男への嫉妬とわずかの憎しみさえ感じていたかもしれない、と告白し、自分の過去について語り始めます。十代半ばの頃の額田王は、何日も男が訪れないことを嘆く女性を周囲に見てきました。しかし、才色兼備の額田王自身は、言い寄る男が絶えない状況におり、そうした男の中には評判の美男子もいました。どう返事をするつもりなのだ、と同僚?の女性から尋ねられた額田王は、返事を書く気はない、と答えます。それを聞いた同僚の女性は、いい加減にしないと売れ残るわよ、と言いますが、歌があるから構わない、と額田王は答えます。額田王は、男に振り回されるより振り回すのだ、と考えてこの状況を楽しんでいました。

 そんな日々を送っていた額田王ですが、乙巳の変の1年ほど前、衝撃的な光景に遭遇します。その日、皇極帝(宝皇女、斉明帝)の歌会に参加した額田王は、いつものように歌の出来を皇極帝に褒められました。そこへ入鹿が現れると、皇極帝は直ちに歌会を終わらせます。歌会に参加した女性たちは、入鹿が来てそわそわするとは、大君(天皇、帝)も女だ、と噂します。さらに女性たちは、中大兄皇子のことも噂し始め、今日来ており、すごく綺麗な方なので、お手付きされてみたい、と浮かれます。額田王はそんな女性たちに冷ややかで、女は損だ、女は男に見初められるのを待つ人生しかないのか、そんなのは嫌だ、と嘆きます。額田王は、女性たちが噂していた中大兄皇子についても、会ったことはないが、何不自由ないどころか、国まで自分の想い通りに動かすことができる方であり、そんな人生は夢のようだ、と考えます。

 考え事をしながら歩いていた額田王は、いつしか飛鳥板蓋宮?の奥にまで入ってしまっており、皇極帝と入鹿が親しそうに身を寄せ合っているのを目撃してしまいます。額田王は慌てて戻ろうとしますが、中大兄皇子が皇極帝と入鹿の親しそうな様子を離れたところから見て涙を流していることに気づきます。額田王に気づいた中大兄皇子は、慌てて走り去ります。額田王は、その時には中大兄皇子だと気づかず、後に知りました。このことを覚えているのか、額田王に尋ねられた中大兄皇子は、まったく覚えていない、と答えます。しかし、これは額田王には強烈な印象を残しました。浅薄な自分に性別も身分も関係ないことを教えてくれた、というわけです。

 額田王はその後、乙巳の変の時も姉の鏡王女が中大兄皇子に嫁ぐことになった時も、中大兄皇子の涙の意味をずっと考えていました。すると中大兄皇子は大笑いし始め、それは額田王が自分に惚れているということではないか、と言います。大海人皇子はその発言を聞いて怒り、くだらない余興にいつまでも付き合うことはない、と言って額田王と共に去ろうとしますが、話はまだ終わっていない、と言って額田王は意志の強そうな表情を見せます。中大兄皇子は、聞きたくない奴は去れ、この場にいるなら我慢して聞け、と初めに断りを入れたはずだ、と改めて言います。

 中大兄皇子の言ったことは事実なのか、と大海人皇子が尋ねると、そうかもしれない、と額田王が答え、衝撃を受けた大海人皇子は怒りと悔しさの入り混じったような表情を浮かべて立ち去ろうとします。すると額田王は、それ以上に大海人皇子を慕っているのだ、と必死に訴えます。宝皇子から大海人皇子の「添い臥し」を命じられた時は、ただ必死で大役をこなしただけだったが、娘の十市皇女が生まれて成長するなかで、大海人皇子への愛も育まれていった、と額田王は大海人皇子に訴えます。心の奥に中大兄皇子がいるのに?と大海人皇子に問い質された額田王は、そうです、と答え、大海人皇子は大きな衝撃を受けます。

 口ではどうとでも言えるが、心は偽れない、女も人間であり、心惹かれる男性を一人としなければならないと誰が決めたのだ、と額田王は言います。額田王の姉の鏡王女が額田王を窘めますが、いや面白い、と中大兄皇子は言い、男は何人もの女を愛することができるが、女も同様だと言いたいのだな、と額田王に問いかけます。そうだと答えた額田王は、知力・体力・権力・容貌にも優れた男性二人がいたら、どちらかを選ぶより、どちらとも付き合うほうが、人生を豊かにし、歌人としての糧になると思う、と決意を固めた表情で堂々と言います。

 自分は違う、額田王だけを、と感情を昂ぶらせて言う大海人皇子にたいして、そのうちに分かる、既に大海人皇子に嫁いでいる大田皇女や鸕野讚良皇女を一人前の女性として見ることができるようになれば、と大海人皇子に諭すように言った額田王は、それ以外にも魅力的な女性はたくさん現れる、と言って悪びれるところがありません。大海人皇子はますます激昂し、だから何と言うのだ、多くの女を同時に愛せるようになるかに気にするなと言うのか、と額田王に問い質します。額田王は、憂いのない表情で中大兄皇子に嫁ぐと宣言し、中大兄皇子は大笑いします。以前は分からなかった中大兄皇子の涙の意味が、今宵少しだけ分かった気がする、以前感じた胸の痛みがさらに深まってしまったようで、放っておけない、と額田王は大海人皇子に謝ります。

 中大兄皇子はなおも笑い続けますが、笑っていられるのは今のうちかもしれない、と額田王は警告します。中大兄皇子の側にいるということは、その動きが手に取るように分かるということであり、もし大海人皇子への不穏な動きがあれば、その情報は大海人皇子に筒抜けと覚悟するように、それでもよければ自分を娶ってください、と額田王は中大兄皇子に堂々と言います。黙って聞いておれば、と言って立ち上がった豊璋を制した中大兄皇子は、それならばそなたこそ何をされても構わないと覚悟ができているのだろうな、と額田王に問い質します。もちろんです、と答えた額田王に中大兄皇子が接吻し、笑いながら額田王を抱きかかえて寝所に行く様子を、大海人皇子が怒った表情で見ている、というところで今回は終了です。

 額田王は事績のよく分からない人物で、性格も含めて創作の余地の大きい人物ではあるものの、この「巡り物語」での告白にはあまり期待できないかな、と思っていたのですが、今回は予想外の展開になり、たいへん楽しめました。額田王と中大兄皇子にも乙巳の変の前から因縁があったとは、上手く話を作っているなあ、と思います。額田王は、自立した強い女性として描かれており、ネットで少し検索した限りでは、現代日本社会の創作ものでは、額田王はそのように描かれることが多いようです。中大兄皇子と大海人皇子との心理戦に、今後は額田王も絡んできそうで、楽しみです。

 今回で長く続いた巡り物語も終わりということになります。物語の展開の必要上、主要人物の過去と心情を明かすための舞台を設けた、というご都合主義的なところもあったように思いますが、鏡王女を除く4人の心情とまだ不明だった過去が明かされ、なかなか面白くなっていました。また、今回明かされた過去が、今後の展開にも活きてきそうです。中大兄皇子が今回大笑いしていたのは、大海人皇子に精神的打撃を与えようとして額田王を娶ると宣言したら、額田王が自分にも惹かれていることが明かされ、大海人皇子が自分の想定していた以上に傷ついたからでしょうか。

 大海人皇子は、帝と臣下としては倭国第一の家柄の蘇我本宗家の後継ぎ(作中では、もう世代交代していたのかもしれませんが)との間に生まれ、蘇我本宗家で育ったものの、13歳の時に乙巳の変で実家?が滅亡し、それ以降は斉明帝の即位まで庶民に近い立場で育ってきたという設定になっていますから、複数の女性と関係を結ぶということに拒否反応を示すのは、きょくたんに不自然というわけでもないように思います。まあそれでも、庶民層といえども、この時代に今回描かれた大海人皇子と同じような考えの人は少なかったかもしれません。しかし、乙巳の変で家族を失ったと思っていたところに現れた運命の女性で、やっと再会できて得た新たな家族なのですから、額田王が才色兼備ということもありますが、大海人皇子が額田王に固執するのも分からないではありません。

 今回の額田王の言動により、大海人皇子は精神的に大打撃を受けたようです。大海人皇子には多くの妻子がいるのですが、今回の額田王の言動が心の傷となり、その反動で、多くの妻を娶るようになった、という設定なのかもしれません。既に大海人皇子に嫁いでいることが明かされている大田皇女・鸕野讚良皇女(持統天皇)のうち、大田皇女はあるていど人物像が明かされていますが、まだ成長後の姿は描かれていません。鸕野讚良皇女は今回が2回目の言及で、まだ人物像がまったく明かされていません。大海人皇子が大田皇女・鸕野讚良皇女姉妹とどのような関係を築いていくのか、注目しています。

 次号の予告は、「次号、新章!いよいよ大戦争へ」となっており、白村江の戦いへといたる話が始まりそうです。これから白村江の戦いへといたる間に、藤原不比等が誕生し(この作品では豊璋と鏡王女との間の息子ということになりそうです)、百済が滅亡し、大海人皇子と大田皇女・鸕野讚良皇女との間に子供が生まれ、斉明帝が崩御することになります。この作品では第一の山場となりそうな予感もあり、大いに楽しみです。すでに新羅の武烈王(金春秋)百済の義慈王との因縁も描かれているので、百済の滅亡がどのように描かれるのか、大いに楽しみです。白村江の戦いの後には定恵(真人)の帰国と死も描かれるでしょうから、これからますます作品は盛り上がっていきそうです。

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