元木泰雄『敗者の日本史5 治承・寿永の内乱と平氏』
これは7月11日分の記事として掲載します。『敗者の日本史』全20巻の第5巻として、2013年4月に吉川弘文館より刊行されました。著者の他の著書や論考などを読んでいたので、著者の見解には馴染みがあり、違和感なく読み進められました。本書の主題は、治承・寿永の内乱における平氏の敗因の分析なので、治承・寿永の内乱についての叙述が中心なのですが、内乱勃発前にもかなりの分量が割かれていて、平氏の敗因が考察されています。確かに、治承・寿永の内乱における平氏の敗因を考察するうえで、内乱勃発前の検証は不可欠ですから、妥当なところだと思います。
本書は、平氏の敗因として、西国の大飢饉や清盛の急死(当時は若死にとは言えないでしょうが、その直前までの精力的な動きからは、急死と言ってもよいでしょう)といった偶発的な出来事も指摘しつつ、根本的な要因として、独自の家人組織を拡大できず、院政期的な武士団の構造を払拭できなかったことを挙げています。おそらくこの指摘はかなりのところ妥当なのでしょうが、都の軍事貴族として院政期の政治抗争を勝ち抜いてきた平氏は、治承・寿永の内乱勃発後の「逆賊」としての源頼朝軍とは異なり、院政期的な武士団の構造を払拭する必要性を簡単に認識できるような状況にはなかった、ということでもあるのでしょう。後世の人間からは「簡単に見える解決策・進むべき道」を当時の人々が「見抜く」ことは、なかなかできることではないように思います。現代日本社会の解決困難な諸問題も、百年後の人々には「簡単に解決できる」ものに見えるのかもしれません。
本書は、平氏の敗因として、西国の大飢饉や清盛の急死(当時は若死にとは言えないでしょうが、その直前までの精力的な動きからは、急死と言ってもよいでしょう)といった偶発的な出来事も指摘しつつ、根本的な要因として、独自の家人組織を拡大できず、院政期的な武士団の構造を払拭できなかったことを挙げています。おそらくこの指摘はかなりのところ妥当なのでしょうが、都の軍事貴族として院政期の政治抗争を勝ち抜いてきた平氏は、治承・寿永の内乱勃発後の「逆賊」としての源頼朝軍とは異なり、院政期的な武士団の構造を払拭する必要性を簡単に認識できるような状況にはなかった、ということでもあるのでしょう。後世の人間からは「簡単に見える解決策・進むべき道」を当時の人々が「見抜く」ことは、なかなかできることではないように思います。現代日本社会の解決困難な諸問題も、百年後の人々には「簡単に解決できる」ものに見えるのかもしれません。
この記事へのコメント