『天智と天武~新説・日本書紀~』第17話「狂心の渠」補足

 まだ日付は変わっていないのですが、4月27日分の記事として掲載しておきます。第17話の感想
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_26.html
で言い忘れたことがいくつかあるので、この記事で補足しておきます。

 まず、中大兄皇子と大海人皇子との関係ですが、大海人が皇子とした公認されたことはやはり大きな意味を持ち、大海人皇子は朝議で堂々と中大兄皇子の方針に反対意見を述べています。第16話にて豊璋が懸念したように、
https://sicambre.seesaa.net/article/201304article_11.html
中大兄皇子(と豊璋)にとって、存在が大きくなった大海人は以前にもまして脅威となりつつあるようです。その豊璋は今回初めて登場しませんでしたが、これは、中大兄皇子が次第に怪物化していくということと共に、豊璋の意のままに動かされていた感のある中大兄皇子が「自立」していく様を象徴しているように思います。

 有間皇子と斉明帝は、ともに相手を気遣っているかのように描かれていましたが、有間皇子には保身という目的もあるかもしれないにしても、互いに伯母と甥として親族の情から相手を思いやっている、というようにも見えました。有間皇子の父の孝徳帝は、姉の斉明帝(宝皇女)から月皇子(大海人)のことを聞かされており、蘇我入鹿と宝皇女との間の息子である月皇子の存在は都でもあまり知られていなかったようですから、姉弟の仲はなかなか良好だった、という設定のように思われます。そのことを踏まえての、斉明帝と有間皇子との関係の描写なのでしょう。

 作中では、現時点で658年の出来事が描かれていると思われますが、昨日の記事で述べたように、658年の時点では、大海人皇子(天武天皇)の子供たちのうち、すでに高市皇子と十市皇女は生まれていた可能性が高いでしょう。その十市皇女の夫となる大友皇子(中大兄皇子の息子)もすでに誕生していると思われますが、ここまで作中ではまったく言及されていません。大友皇子がいつ登場するのか、どのような人物として描かれるのか、ということも注目しています。おそらく、大友皇子は有間皇子と違って優秀な人物として描かれるのではないか、と予想しています。容貌も、入鹿・中大兄皇子・大海人皇子のように、二枚目として描かれるのではないか、と思います。

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