長谷川修一『聖書考古学』
まだ日付は変わっていないのですが、4月25日分の記事として掲載しておきます。中公新書の一冊として、中央公論新社から2013年2月に刊行されました。聖書考古学の当初の目的は聖書の史実性を実証することだったのですが、もちろん本書はそうした目的を掲げておらず、本書における聖書考古学の定義(P62)は、「聖書の歴史記述の深い理解に達するため、特に聖書の舞台となった古代パレスチナを中心とした考古学」というものです。本書は、聖書考古学がどのような学問かということだけではなく、考古学と聖書についても基本的な説明がなされており、ひじょうに親切な構成になっています。学術的な成果を一般読者に伝える新書とは、かくあるべきではないか、と感心させられるところが多々ありました。私もそうなのですが、日本人には聖書について曖昧な知識しかなさそうな人が多そうで、そうした読者を意識しているのでしょう。
本書を読むと、聖書の記述の考古学的な証明の難しさを痛感しますが、それは著者の禁欲的な叙述姿勢によるものが大きいように思います。聖書考古学の当初の目的に忠実な著者だと、聖書の記述はこれだけ考古学的に証明されているのか、という印象を抱いてしまうのかもしれません。本書でも少し指摘されていますが、聖書考古学が対象とする地域には、政治情勢の問題から発掘が進んでいない所も多く、古人類学においてもそれは変わりません。その意味でも、この地域の政治・経済的な安定化を願っています。なお本書には、日本の反歴史修正主義派が読んだら激怒し、著者の研究者としての資質・姿勢を疑い、徹底的に糾弾するだろう、という一節があるのですが、その一節にも関わらず、本書は全体としてなかなかの良書だと思います。
本書を読むと、聖書の記述の考古学的な証明の難しさを痛感しますが、それは著者の禁欲的な叙述姿勢によるものが大きいように思います。聖書考古学の当初の目的に忠実な著者だと、聖書の記述はこれだけ考古学的に証明されているのか、という印象を抱いてしまうのかもしれません。本書でも少し指摘されていますが、聖書考古学が対象とする地域には、政治情勢の問題から発掘が進んでいない所も多く、古人類学においてもそれは変わりません。その意味でも、この地域の政治・経済的な安定化を願っています。なお本書には、日本の反歴史修正主義派が読んだら激怒し、著者の研究者としての資質・姿勢を疑い、徹底的に糾弾するだろう、という一節があるのですが、その一節にも関わらず、本書は全体としてなかなかの良書だと思います。
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