『天智と天武~新説・日本書紀~』第16話「重祚の条件」
『ビッグコミック』2013年4月25日号掲載分の感想です。今回は巻頭カラーとなりますが、カラーの見開きには、中大兄皇子・大海人皇子・有間皇子とともに、この作品では見たことのない人物が描かれており、一体誰なのだろうと思って読み進めたところ、今回が作中では初登場となる蘇我赤兄で、今回はこの4人の心理的駆け引きが中心となって話が進みます。中大兄皇子の提言により宝皇女が重祚することになりますが(斉明天皇)、宝皇女は重祚の条件として、大海人(月皇子)を皇子として正式に承認することと、大海人の待遇改善を中大兄皇子に提示しました。
中大兄皇子はこの提示を受け入れ、斉明帝は群臣の前で大海人を自分の子供として紹介します。群臣は、大海人が蘇我入鹿に似ており、中には大海人を中大兄皇子の下僕として見かけたことがある者もいたので、驚いたり困惑したりしますが、帝の仰せということで、平伏して大海人を皇子として受け入れます。斉明帝は、事情があって大海人を地方に預けていたが、都に呼び戻し、中大兄皇子の下で宮廷のことを学ばせている、と説明します。ここでは、大海人皇子の父が誰か、斉明帝は明かしておらず、公式というか建前では、朝廷において大海人皇子は舒明帝と斉明帝(皇極天皇)との間の子として受け入れられたのでしょう。おそらく、入鹿と斉明帝との間に息子(月皇子)が生まれたことを知っていたのは、蘇我蝦夷や中大兄皇子や孝徳帝(軽皇子)といった入鹿と斉明帝に近いごく一部の人々だけだった、という設定なのでしょう。
中大兄皇子邸では、宝皇女を重祚させるという中大兄皇子の選択を豊璋が誉め、自分の真意を理解してもらったものと思ってはいるが、斉明帝に大海人を自分の子と公言させたことは疑問だ、と中大兄皇子に問いかけます。すると中大兄皇子は、いちいちそなたの同意が必要か、と反論し、母親の宝皇女を重祚させるという考えにしても、豊璋の意見を取り入れたわけではない、と冷たく突き放します。もっとも、豊璋の忠告も中大兄皇子の決断に影響を与えていたように思われるので、これは、豊璋にたいして優位に立とうとする中大兄皇子の強がりと解釈できるかもしれません。こうしたところも、しだいに現れてくる中大兄皇子のモンスター的な面と言えそうです。
中大兄皇子は、ある男に安心して玉座に就くように、と言われて気が変わったのだ、豊璋のように、表に立つよりも裏で人を操ったほうが楽で安全ではないか、と冷静に豊璋に説明します。前回、すでに玉座は中大兄皇子の手中にあり、取るに足らぬ有間皇子に構うな、と大海人は中大兄皇子に「進言」していました。中大兄皇子は豊璋に大海人の名を明かしたわけではありませんが、さすがに豊璋は鋭く、その男が大海人だと見抜きます。とはいっても、中大兄皇子のほうも、豊璋が見抜くことを予期していた、といった様子で冷静です。存在が大きくなった大海人は以前にもまして脅威となるだろう、と中大兄皇子に忠告する豊璋ですが、中大兄皇子のほうは、当然のことだといった様子で、淡々と話を続けます。
中大兄皇子は、大海人皇子だけが脅威ではない、と考えていました。宝皇女が重祚して間もなく、宮殿が燃え落ちたことについて、強引な遷都への抗議なのか、亡き孝徳帝への同情なのかはともかく、不満を持った民が放火した可能性が高いだろうが、自分が即位していたらこんなものではすまなかったかもしれない、と中大兄皇子は考えていました。「進言」してくれた男(大海人)に感謝した、と言って笑う中大兄皇子は、しろと言われればしたくなくなり、構うなと言われれば構いたくなる、とつぶやきます。それでも案ずる豊璋に、対策は考えている、大海人についての条件を受け入れた換わりとして母の斉明帝は自分の言いなりであり、それでよしとしなければならない、と中大兄皇子は笑いながら言います。
大海人皇子は、母である宝皇女の重祚後も、中大兄皇子の従者という立場に変わりはありませんが、下僕のような仕事はしなくてもすむようになって立派な部屋を与えられ、妻を娶ることも考えろ、と母に言われていました。新たな部屋で大海人は配下?の鵲と語り合い、ここで前回の大海人の進言の真意が明かされます。大海人が中大兄皇子に即位を進めたのは、中大兄皇子にたいして世間の冷たい視線が向けられているなか、中大兄皇子が即位して逆風下で失脚することを意図してのものだ、とも解釈できるが、中大兄皇子の大海人とその父の入鹿にたいする複雑な想いと、中大兄皇子の猜疑心の強い性格を大海人が把握したうえで、中大兄皇子が次の大君になるのを避けるだろうと予想し、有間皇子を守る時間を稼ごうとした、とも考えられる、というのが前回を読んだ時点での私見でした。
今回、大海人皇子は鵲に、中大兄皇子にはさっさと即位して世の非難を浴びてほしかった、そうでないと、同じく次期大君候補の有間皇子は、ずっと身の危険を感じていかねばならない、と打ち明けています。大海人は、中大兄皇子の即位を遅らせようとしたのではなく、その評判が落ちることを期待して、むしろ早期の即位を勧めたのだ、ということになります。前回の私の解釈では、前者のほうが正解に近かった、ということになります。大海人皇子は、中大兄皇子はだんだん手に負えなくなってきているような気がする、と言って有間皇子の身を案じます。中大兄皇子のモンスター的な面が強く現れてきている、ということを印象づける大海人皇子の発言です。
大海人皇子が案じている有間皇子は、邸で一人寂しく歌を詠む以外に楽しみはなく、誰も信用できず友もおらず、物音にも怯え、空を飛ぶ鳥を羨むという日々を過ごしていました。これで生きていると言えるのか、頭がおかしくなりそうだ、と懊悩する有間皇子は、いっそ狂ってしまえば楽になるかもしれない、と言って涙を流します。ここで、物語は一気に三年間進みます。中大兄皇子は相変わらず有間皇子を監視していますが、大海人皇子の忠告もあってか、有間皇子は中大兄皇子に付け入る隙をなかなか与えません。有間皇子は心を病んでいるという噂も流れており、湯治で癒されたという報告も中大兄皇子に届きますが、真偽のほどは定かではありません。
有間皇子が病んでいる振りをしているとしたら、大海人皇子が知恵をつけたにしても、したたかな奴ではある、と考える中大兄皇子は、有間皇子がもうすぐ19歳になることから、ますます警戒するようになります。中大兄皇子は19歳の時に入鹿を殺害しており、有間皇子が自分のようになるのではないか、と案じていました。中大兄皇子は、そろそろ本気で対策を立てる決意を固めます。後飛鳥岡本宮で、真面目そうな感じの好青年が仕事を終えて退出しようとしていたところ、中大兄皇子に声をかけられました。この青年が蘇我赤兄で、近江朝では左大臣にまで昇進し、天智帝(中大兄皇子)とその息子の大友皇子を支えることになります。
赤兄は深夜中大兄皇子邸を訪れますが、男性を忍んで来る女性のように振る舞い、鵲も女性だと見間違えます。ここでの鵲と大海人皇子との会話により、中大兄皇子の妻である遠智媛と8歳になる息子の健皇子が、前月に相次いで亡くなっていたことが明かされます。遠智媛の心はその死まで晴れなかったのでしょうか。第7話以来登場していない、遠智媛の娘の大田皇女の動向も気になるところです。赤兄は、逆賊の汚名にまみれた蘇我家に再興の機会を与えてやろう、という中大兄皇子の誘いに乗って、深夜に中大兄皇子を訪ねたのでした。おそらく史実では、皇極朝~斉明朝までの政変には蘇我氏の「内紛」という側面も多分にあり、蘇我氏が全体として逆賊として扱われたということはなかったでしょうが、この作品では、入鹿が逆賊として殺害され、石川麻呂が自害に追い込まれたことから、蘇我氏全体が低迷しているという設定のようです。
蘇我倉山田石川麻呂の弟である赤兄にたいして中大兄皇子は、謂れなき罪で命を落とした石川麻呂には可哀そうなことをした、そのために自分の妻の遠智媛も心を病んで死んでしまった、だからこそ自分にはそなたの苦しみがよく分かる、と同情するように優しく語りかけます。このままでは蘇我家は滅亡してしまうだろうが、自分の言う通りにすれば、もう一度政治の中心に引き立ててやることもできないわけではない、と中大兄皇子は妖しく赤兄に語りかけ、その後、中大兄皇子が赤兄を押し倒すような場面が描かれます。赤兄は入鹿にあまり似ていませんが、なかなかの好青年で、中大兄皇子の好みということなのでしょうか。
赤兄が中大兄皇子邸を訪ねた翌日、有間皇子が後飛鳥岡本宮を訪れると、赤兄が歌会に参加しようと中大兄皇子に願い出たものの、蘇我の分際で歌会に参加できると思っているのか、と中大兄皇子に叱責されていました。中大兄皇子を恨む赤兄に有間皇子は近づき、声をかけます。その様子を中大兄皇子が物陰からほくそ笑んでみていました。もちろん、これは有間皇子を罠にかけるための中大兄皇子と有間皇子の芝居というわけです。有間皇子は、中大兄皇子に叱責されたのが石川麻呂の弟である赤兄だと知ります。石川麻呂への疑いは晴れても、乙巳の変以来、蘇我一族への風当たりは強く、中央に食い込みたくても壁は厚い、と赤兄は嘆きます。
すると有間皇子は、すべて中大兄皇子のせいだ、と言います。赤兄は有間皇子に自制を求めるような言動を見せますが(もちろん芝居でしょう)、自分も同じく中大兄皇子に人生を狂わされた一人なのだ、と有間皇子は力強く言います。すると、赤兄はつい涙を流してしまいます。この涙については、中大兄皇子に人生を狂わされた、という有間皇子の発言への共感もあるのかもしれませんが、そのような有間皇子をこれから中大兄皇子の命により罠にかけねばならず、そうした有間皇子への同情もあるのかもしれません。有間皇子は、赤兄を自邸の歌会に誘いますが、参加者は自分と赤兄しかいないと打ち明け、二人は笑いあいます。
赤兄は有間皇子と歌を詠んだり酒を酌み交わしたりして、親しく過ごすようになります。その様子を窺っていた鵲は、ともに中大兄皇子のせいで肉親を亡くしているので、互いに共感できるのかもしれない、と楽観的な観測を大海人皇子に報告しますが、さすがに大海人皇子は不審に思っているようです。赤兄は中大兄皇子邸を訪れ、有間皇子とかなり打ち解けているようだな、と中大兄皇子に尋ねられますが、有間皇子はまだ警戒しておりもっと油断させる必要がある、有間皇子は中大兄皇子を恐れており、都では迂闊なことをするはずがない、と答えます。赤兄が中大兄皇子邸から退出するところを、物陰から大海人皇子が見ている、というところで今回は終了です。
今回は、中大兄皇子・大海人皇子・有間皇子・蘇我赤兄の心理戦が描かれ、なかなか面白くなっていました。今回が作中では初登場となる赤兄は、蘇我氏復権の想いを中大兄皇子に利用されるという役回りですが、中大兄皇子・大海人皇子・豊璋に見られる怪物性・冷酷さ・得体の知れないところ・心の闇はあまりないようで、その分平凡な人物と言えるかもしれません。ただ、外見・言動ともにいかにも雑魚キャラといった感じで、とても中大兄皇子に勝てそうにない有間皇子(史実では結局敗北しているので、そうした人物造形でもよいのかもしれませんが)と比較すると、単純明快な個性の持ち主というわけでもなさそうで、人物像が掘り下げられて描かれそうな予感がしますので、今後の作中での活躍が楽しみです。赤兄が有間皇子と親しくしているのも、たんに中大兄皇子の命による芝居というだけではなく、かなりのところ本音が出ているのではないか、とも思います。
この後、少なくとも2回くらいは中大兄皇子と有間皇子との静かな攻防戦が中心になり、その後に百済滅亡とその復興戦が中心になるのではないか、と予想しています。その間に大海人の結婚も描かれそうですが、すでに登場している大田皇女がどのように成長しているのか、その妹でまだ登場していない鸕野讚良皇女(持統天皇)はどのような人物として描かれ、姉とともに大海人と結婚するのか、気になるところです。また、登場が確定しているわけではありませんが、今後登場するかもしれない人物で気になるのは、天智帝(中大兄皇子)の皇后(大后)となった倭姫王で、もし登場する場合は、中大兄皇子と倭姫王の父である古人大兄皇子との子供の頃の話も、掘り下げられて語られることを期待しています。
中大兄皇子はこの提示を受け入れ、斉明帝は群臣の前で大海人を自分の子供として紹介します。群臣は、大海人が蘇我入鹿に似ており、中には大海人を中大兄皇子の下僕として見かけたことがある者もいたので、驚いたり困惑したりしますが、帝の仰せということで、平伏して大海人を皇子として受け入れます。斉明帝は、事情があって大海人を地方に預けていたが、都に呼び戻し、中大兄皇子の下で宮廷のことを学ばせている、と説明します。ここでは、大海人皇子の父が誰か、斉明帝は明かしておらず、公式というか建前では、朝廷において大海人皇子は舒明帝と斉明帝(皇極天皇)との間の子として受け入れられたのでしょう。おそらく、入鹿と斉明帝との間に息子(月皇子)が生まれたことを知っていたのは、蘇我蝦夷や中大兄皇子や孝徳帝(軽皇子)といった入鹿と斉明帝に近いごく一部の人々だけだった、という設定なのでしょう。
中大兄皇子邸では、宝皇女を重祚させるという中大兄皇子の選択を豊璋が誉め、自分の真意を理解してもらったものと思ってはいるが、斉明帝に大海人を自分の子と公言させたことは疑問だ、と中大兄皇子に問いかけます。すると中大兄皇子は、いちいちそなたの同意が必要か、と反論し、母親の宝皇女を重祚させるという考えにしても、豊璋の意見を取り入れたわけではない、と冷たく突き放します。もっとも、豊璋の忠告も中大兄皇子の決断に影響を与えていたように思われるので、これは、豊璋にたいして優位に立とうとする中大兄皇子の強がりと解釈できるかもしれません。こうしたところも、しだいに現れてくる中大兄皇子のモンスター的な面と言えそうです。
中大兄皇子は、ある男に安心して玉座に就くように、と言われて気が変わったのだ、豊璋のように、表に立つよりも裏で人を操ったほうが楽で安全ではないか、と冷静に豊璋に説明します。前回、すでに玉座は中大兄皇子の手中にあり、取るに足らぬ有間皇子に構うな、と大海人は中大兄皇子に「進言」していました。中大兄皇子は豊璋に大海人の名を明かしたわけではありませんが、さすがに豊璋は鋭く、その男が大海人だと見抜きます。とはいっても、中大兄皇子のほうも、豊璋が見抜くことを予期していた、といった様子で冷静です。存在が大きくなった大海人は以前にもまして脅威となるだろう、と中大兄皇子に忠告する豊璋ですが、中大兄皇子のほうは、当然のことだといった様子で、淡々と話を続けます。
中大兄皇子は、大海人皇子だけが脅威ではない、と考えていました。宝皇女が重祚して間もなく、宮殿が燃え落ちたことについて、強引な遷都への抗議なのか、亡き孝徳帝への同情なのかはともかく、不満を持った民が放火した可能性が高いだろうが、自分が即位していたらこんなものではすまなかったかもしれない、と中大兄皇子は考えていました。「進言」してくれた男(大海人)に感謝した、と言って笑う中大兄皇子は、しろと言われればしたくなくなり、構うなと言われれば構いたくなる、とつぶやきます。それでも案ずる豊璋に、対策は考えている、大海人についての条件を受け入れた換わりとして母の斉明帝は自分の言いなりであり、それでよしとしなければならない、と中大兄皇子は笑いながら言います。
大海人皇子は、母である宝皇女の重祚後も、中大兄皇子の従者という立場に変わりはありませんが、下僕のような仕事はしなくてもすむようになって立派な部屋を与えられ、妻を娶ることも考えろ、と母に言われていました。新たな部屋で大海人は配下?の鵲と語り合い、ここで前回の大海人の進言の真意が明かされます。大海人が中大兄皇子に即位を進めたのは、中大兄皇子にたいして世間の冷たい視線が向けられているなか、中大兄皇子が即位して逆風下で失脚することを意図してのものだ、とも解釈できるが、中大兄皇子の大海人とその父の入鹿にたいする複雑な想いと、中大兄皇子の猜疑心の強い性格を大海人が把握したうえで、中大兄皇子が次の大君になるのを避けるだろうと予想し、有間皇子を守る時間を稼ごうとした、とも考えられる、というのが前回を読んだ時点での私見でした。
今回、大海人皇子は鵲に、中大兄皇子にはさっさと即位して世の非難を浴びてほしかった、そうでないと、同じく次期大君候補の有間皇子は、ずっと身の危険を感じていかねばならない、と打ち明けています。大海人は、中大兄皇子の即位を遅らせようとしたのではなく、その評判が落ちることを期待して、むしろ早期の即位を勧めたのだ、ということになります。前回の私の解釈では、前者のほうが正解に近かった、ということになります。大海人皇子は、中大兄皇子はだんだん手に負えなくなってきているような気がする、と言って有間皇子の身を案じます。中大兄皇子のモンスター的な面が強く現れてきている、ということを印象づける大海人皇子の発言です。
大海人皇子が案じている有間皇子は、邸で一人寂しく歌を詠む以外に楽しみはなく、誰も信用できず友もおらず、物音にも怯え、空を飛ぶ鳥を羨むという日々を過ごしていました。これで生きていると言えるのか、頭がおかしくなりそうだ、と懊悩する有間皇子は、いっそ狂ってしまえば楽になるかもしれない、と言って涙を流します。ここで、物語は一気に三年間進みます。中大兄皇子は相変わらず有間皇子を監視していますが、大海人皇子の忠告もあってか、有間皇子は中大兄皇子に付け入る隙をなかなか与えません。有間皇子は心を病んでいるという噂も流れており、湯治で癒されたという報告も中大兄皇子に届きますが、真偽のほどは定かではありません。
有間皇子が病んでいる振りをしているとしたら、大海人皇子が知恵をつけたにしても、したたかな奴ではある、と考える中大兄皇子は、有間皇子がもうすぐ19歳になることから、ますます警戒するようになります。中大兄皇子は19歳の時に入鹿を殺害しており、有間皇子が自分のようになるのではないか、と案じていました。中大兄皇子は、そろそろ本気で対策を立てる決意を固めます。後飛鳥岡本宮で、真面目そうな感じの好青年が仕事を終えて退出しようとしていたところ、中大兄皇子に声をかけられました。この青年が蘇我赤兄で、近江朝では左大臣にまで昇進し、天智帝(中大兄皇子)とその息子の大友皇子を支えることになります。
赤兄は深夜中大兄皇子邸を訪れますが、男性を忍んで来る女性のように振る舞い、鵲も女性だと見間違えます。ここでの鵲と大海人皇子との会話により、中大兄皇子の妻である遠智媛と8歳になる息子の健皇子が、前月に相次いで亡くなっていたことが明かされます。遠智媛の心はその死まで晴れなかったのでしょうか。第7話以来登場していない、遠智媛の娘の大田皇女の動向も気になるところです。赤兄は、逆賊の汚名にまみれた蘇我家に再興の機会を与えてやろう、という中大兄皇子の誘いに乗って、深夜に中大兄皇子を訪ねたのでした。おそらく史実では、皇極朝~斉明朝までの政変には蘇我氏の「内紛」という側面も多分にあり、蘇我氏が全体として逆賊として扱われたということはなかったでしょうが、この作品では、入鹿が逆賊として殺害され、石川麻呂が自害に追い込まれたことから、蘇我氏全体が低迷しているという設定のようです。
蘇我倉山田石川麻呂の弟である赤兄にたいして中大兄皇子は、謂れなき罪で命を落とした石川麻呂には可哀そうなことをした、そのために自分の妻の遠智媛も心を病んで死んでしまった、だからこそ自分にはそなたの苦しみがよく分かる、と同情するように優しく語りかけます。このままでは蘇我家は滅亡してしまうだろうが、自分の言う通りにすれば、もう一度政治の中心に引き立ててやることもできないわけではない、と中大兄皇子は妖しく赤兄に語りかけ、その後、中大兄皇子が赤兄を押し倒すような場面が描かれます。赤兄は入鹿にあまり似ていませんが、なかなかの好青年で、中大兄皇子の好みということなのでしょうか。
赤兄が中大兄皇子邸を訪ねた翌日、有間皇子が後飛鳥岡本宮を訪れると、赤兄が歌会に参加しようと中大兄皇子に願い出たものの、蘇我の分際で歌会に参加できると思っているのか、と中大兄皇子に叱責されていました。中大兄皇子を恨む赤兄に有間皇子は近づき、声をかけます。その様子を中大兄皇子が物陰からほくそ笑んでみていました。もちろん、これは有間皇子を罠にかけるための中大兄皇子と有間皇子の芝居というわけです。有間皇子は、中大兄皇子に叱責されたのが石川麻呂の弟である赤兄だと知ります。石川麻呂への疑いは晴れても、乙巳の変以来、蘇我一族への風当たりは強く、中央に食い込みたくても壁は厚い、と赤兄は嘆きます。
すると有間皇子は、すべて中大兄皇子のせいだ、と言います。赤兄は有間皇子に自制を求めるような言動を見せますが(もちろん芝居でしょう)、自分も同じく中大兄皇子に人生を狂わされた一人なのだ、と有間皇子は力強く言います。すると、赤兄はつい涙を流してしまいます。この涙については、中大兄皇子に人生を狂わされた、という有間皇子の発言への共感もあるのかもしれませんが、そのような有間皇子をこれから中大兄皇子の命により罠にかけねばならず、そうした有間皇子への同情もあるのかもしれません。有間皇子は、赤兄を自邸の歌会に誘いますが、参加者は自分と赤兄しかいないと打ち明け、二人は笑いあいます。
赤兄は有間皇子と歌を詠んだり酒を酌み交わしたりして、親しく過ごすようになります。その様子を窺っていた鵲は、ともに中大兄皇子のせいで肉親を亡くしているので、互いに共感できるのかもしれない、と楽観的な観測を大海人皇子に報告しますが、さすがに大海人皇子は不審に思っているようです。赤兄は中大兄皇子邸を訪れ、有間皇子とかなり打ち解けているようだな、と中大兄皇子に尋ねられますが、有間皇子はまだ警戒しておりもっと油断させる必要がある、有間皇子は中大兄皇子を恐れており、都では迂闊なことをするはずがない、と答えます。赤兄が中大兄皇子邸から退出するところを、物陰から大海人皇子が見ている、というところで今回は終了です。
今回は、中大兄皇子・大海人皇子・有間皇子・蘇我赤兄の心理戦が描かれ、なかなか面白くなっていました。今回が作中では初登場となる赤兄は、蘇我氏復権の想いを中大兄皇子に利用されるという役回りですが、中大兄皇子・大海人皇子・豊璋に見られる怪物性・冷酷さ・得体の知れないところ・心の闇はあまりないようで、その分平凡な人物と言えるかもしれません。ただ、外見・言動ともにいかにも雑魚キャラといった感じで、とても中大兄皇子に勝てそうにない有間皇子(史実では結局敗北しているので、そうした人物造形でもよいのかもしれませんが)と比較すると、単純明快な個性の持ち主というわけでもなさそうで、人物像が掘り下げられて描かれそうな予感がしますので、今後の作中での活躍が楽しみです。赤兄が有間皇子と親しくしているのも、たんに中大兄皇子の命による芝居というだけではなく、かなりのところ本音が出ているのではないか、とも思います。
この後、少なくとも2回くらいは中大兄皇子と有間皇子との静かな攻防戦が中心になり、その後に百済滅亡とその復興戦が中心になるのではないか、と予想しています。その間に大海人の結婚も描かれそうですが、すでに登場している大田皇女がどのように成長しているのか、その妹でまだ登場していない鸕野讚良皇女(持統天皇)はどのような人物として描かれ、姉とともに大海人と結婚するのか、気になるところです。また、登場が確定しているわけではありませんが、今後登場するかもしれない人物で気になるのは、天智帝(中大兄皇子)の皇后(大后)となった倭姫王で、もし登場する場合は、中大兄皇子と倭姫王の父である古人大兄皇子との子供の頃の話も、掘り下げられて語られることを期待しています。
この記事へのコメント