『天智と天武~新説・日本書紀~』第14話「孝徳置き去り」

 これは3月13日分の記事として掲載しておきます。『ビッグコミック』2013年3月25日号掲載分の感想です。今回も、前回に続いてあっさりとした描写になっており、拍子抜けした感は否めません。まあ、それだけ期待値が高いということでもあり、つまらなかったということはなく、中大兄皇子と大海人の心理も描かれて面白かったとは思うのですが。中大兄皇子は孝徳帝の前で高らかに飛鳥への還都を宣言し、群臣も中大兄皇子に従って飛鳥へと戻ります。大海人が難波長柄豊碕宮へ赴くと、孝徳帝は玉座に一人取り残されていました。じっさいには従者があるていどいたのでしょうが、孝徳帝の孤独を視覚的に表現するという意味で、漫画としては有だろうな、と思います。

 大海人が孝徳帝に近づくと、意識を失った孝徳帝は玉座から崩れ落ち、明示されていませんが、大海人が寝室へと運んだようです。寝室には大海人・大海人の従者の鵲・孝徳帝の息子の有間皇子が侍っています。大海人が鵲の煎じた薬を孝徳帝に飲ませようとすると、そんな怪しげなものは信用できない、医者を呼べ、と有間皇子は泣きながら訴えます。しかし、中大兄皇子がすべての都人を伴って飛鳥に戻ったため、難波長柄豊碕宮にはもう医者もいない、と大海人は冷静に指摘します。飛鳥に戻った人々のなかには、先帝の宝皇女(皇極天皇、中大兄皇子と大海人の母)や、有間皇子の母でこの作品においては真人(定恵)の母でもある小足媛もいました。目覚めた孝徳帝は、中大兄皇子もやるものだと言い、自分の死後に皇位継承争いが必ず起こることを予見し、息子の有間皇子を守るよう大海人に頼み、大海人も有間皇子を守ることを誓います。

 鵲と二人になった大海人は、中大兄皇子が難波は好きではないと言ったり、部屋を整理したりと、飛鳥への還都を考えている言動を見せていたのにそれを見抜けなかったことを後悔していました。鵲が慰めても、飛鳥への還都計画に気づいていなかった自分のことが、中大兄皇子にはさぞ滑稽に見えただろう、完敗だと言って、大海人は後悔し続けます。中大兄皇子が群臣を引き連れて大極殿から出る時の得意げな顔が目に焼き付いて忘れたくても忘れられない、と言った時の大海人の表情には怒りとともに狂気も宿っており、さすがに鵲も怯えます。

 飛鳥に戻った中大兄皇子はたいへん得意げで、豊璋も中大兄皇子の手腕を賞賛しますが、これほど鮮やかなお手並みとは想像できませんでした、と豊璋が言うと、私にはそんな力がないと思っていたのか、と中大兄皇子は豊璋に意地悪そうに訊き、豊璋は言葉に詰まります。中大兄皇子は上機嫌のためなのか、豊璋の発言をそれ以上は咎めようとせず、皆も心の奥底では次の大君、いや実質的な大君は誰か分かっているのだろう、と言って高らかに笑い、豊璋は圧倒されます。以前より、豊璋の上から目線が気に入らなかった中大兄皇子は、豊璋の鼻すら明かしたことが愉快でならないようです。

 上機嫌な中大兄皇子が自室に戻ると、そこには大海人が控えていました。中大兄皇子に問いただされた大海人は、今日戻ったことを報告するために待っていた、と返答します。今度こんなことをしたら命はないぞ、と叱責して大海人に退去を命じる中大兄皇子ですが、大海人が平伏して控え続けているのを見て、大海人を蹴ろうとします。すると大海人は中大兄皇子を押し倒して抱き着き、涙を流しながら切なそうな表情で、置き去りにしましたね、捨てられたかと思いました、と言うと中大兄皇子から離れて退去します。中大兄皇子が大海人の突然の行動に圧倒され、中大兄皇子の部屋から退去した大海人がほくそ笑む、というところで今回は終了です。

 今回は、中大兄皇子と大海人の心理描写が中心となって話が展開しました。作者へのインタビュー(関連記事)では、中大兄皇子は豊璋に操られているものの、しだいにモンスター的な面が現れてきて、大海人は一癖ある爽やかな青年から、兄の中大兄皇子への復讐に向けて黒い部分が強くなってくる、とのことで、今回はそうした側面が強く表れた感があります。大海人の行動は、中大兄皇子が大海人の父である入鹿に性的な意味合いも含めて好意を抱いており、その場面を大海人が目撃していて、大海人が入鹿にそっくりだということを活かしたものであり、大海人のしたたかさがよく表れていました。中大兄皇子と大海人との複雑な関係が、今後も物語の軸となって話が進みそうです。

 有間皇子はいかにも雑魚キャラといった感じの冴えない容貌で、母の小足媛よりも父の孝徳帝のほうに似ているようですが、父の孝徳帝のように、今後どこかで見せ場があるのでしょうか。今回、中大兄皇子とともに飛鳥に戻った人々として、宝皇女と小足媛の名前が挙げられていましたが、相変わらず間人皇女(中大兄皇子の同父同母妹で孝徳天皇の皇后)は登場しませんでした。この作品の作風からすると、間人皇女と中大兄皇子との近親相姦という見解が採用されるのかと予想していたのですが、ここまで作中ではまったく言及がないのが不思議です。人間関係の複雑化を避けるために間人皇女は登場させないということなのかもしれませんが、今後意外な役回りを担うことになるのかもしれません。今回は期待値ほどではなかったにしても面白く、次回も大いに楽しみです。

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