大河ドラマ『平清盛』第49回「双六が終わるとき」

 これは12月18日分の記事として掲載しておきます。今回は、長きにわたる清盛と後白河院との「双六遊び」に決着がつけられました。もはや、朝廷の命で武士同士が戦う時代ではなくなり、今後は武士同士が覇権をかけて争う世になると言う清盛に、後白河院は寂しさ・喪失感を抱くとともに、保元の乱のおりに自分が漠然と予見していた時代の到来を悟り、満足もしているようです。ここ数回でこの作品の大きな話の構造が明示されるようになったというか、物語が収束していく様がはっきりと描かれているわけですが、けっきょく、堕落・腐敗した貴族の世から活力ある武士の世への移り変わりというのが物語の基本的な構造になっており、活力ある武士の世は、今回の鎌倉の町づくりにて印象的に映像化されました。この作品の放送前は、髙橋昌明氏が二人いる時代考証担当の一人ということで、もっと違う構造の物語になるのではないか、との期待もあっただけに、残念ではあります。もっとも、清盛と後白河院との関係を、双六を用いて象徴的に示してきたところは連続テレビドラマとしてはなかなか面白く、清盛と頼朝がともに新しい都づくりを目指していることの対比も、ドラマとしてはなかなかよかったとは思いますが。

 今回は、小説版を読んだ時点で、かなり回想場面が多くなることを覚悟していましたが、懸念していたほどではありませんでした。まあそれでもやや冗長な構成になってしまった感は否めませんが、時間稼ぎのまったく不要な回想というわけではなく、物語が終わるにあたって、まとめのためにあるていど必要だったとは思いますので、うんざりさせられたということはありませんでした。今回は、以前小説版を取り上げた時に少しだけ紹介しましたが、
https://sicambre.seesaa.net/article/201210article_31.html
高倉院没後に清盛・時子が徳子(建礼門院)を後白河院に入侍させようとした、という『玉葉』に見える噂が取り入れられていました。正直なところ、これは史実ではないでしょうし、そのような主人公の印象を悪化させるような噂を話に取り入れなくてもよいのではないか、と小説版を読んだ時には思ったものですが、南都焼打ちのさいに見せたような清盛の弱気と焦燥を明示するという意図があるのだとしたら、それほど問題ではないようにも思います。

 今回は第12回以来久々に堀川局が登場しましたが、今更という感は否めませんでしたし、再登場が必要という役回りを担っていたわけでもないので、ここは省略してもよかったのではないか、と思います。まあ、西行が高僧ではなく昔の俗っぽいところを残しているという演出になっていたのは、なかなか面白くはありましたが。次回はいよいよ最終回ということで、なんとも寂しいものです。最終回が放送延長にならなかったのは残念ですし、駆け足になってしまうだろう、との懸念はありますが、たいへん楽しみです。このところ、多忙で疲れているということもあって、感想も短めになっているのですが、最終回は多少気合を入れてやや長めの記事を書こうかな、と考えています。

この記事へのコメント

みら
2012年12月21日 19:06
こんばんわ
先週の視聴率はやはり下がっていましたね、残念です。
先日実家で母が「去年の大河ドラマは何だったっけ?」というので、思い出そうとしたのですがすぐに出てこなかったくらいにつまらなかった『江』より全然面白かったのに
なんともいえないこの低さ、原因は一体なんだったのでしょうか。
ともあれ、現時点まで毎年大河ドラマゆかりの地を旅しているのも今年まで?来年は会津いけるかな~。
福島競馬場はいって見たい気がするけど。
今年の有馬記念は買いますか?(と、強引に競馬ネタにひっぱる 笑)
2012年12月21日 21:17
馬券は10年以上購入しておらず、今後も購入予定はありません。

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