現生人類の起源をめぐる誤解

 まだ日付は変わっていないのですが、10月6日分の記事として掲載しておきます。現生人類(ホモ=サピエンス)の起源について、かつて多地域進化説とアフリカ単一起源説との間で大論争となり、今ではアフリカ単一起源説がほぼ定説として認められていることはよく知られているでしょう。現生人類アフリカ単一起源説が一般にもよく知られるようになったのは、現代人のミトコンドリアDNA研究(Cann et al.,1987)がマスコミで大々的に取り上げられたからでした。この研究が古人類学において注目されたのは、現代人の最終共通母系祖先は20万年前頃のアフリカにいた(現代人のミトコンドリアDNAの合着年代は20万年前頃)からなのですが、一般にも広く浸透したのは、「ミトコンドリアイヴ」という印象的な名前がつけられたからだろう、と思います。

 ミトコンドリアDNAの研究の印象があまりにも強かったためか、現生人類アフリカ単一起源説はミトコンドリアDNAの研究によりはじめて主張されるようになった、との誤解をネットなどでよく見かけるのですが、現生人類アフリカ単一起源説自体は、現代人のミトコンドリアDNA研究よりも前から主張されており、ミトコンドリアDNA研究がその有力な裏づけになりました。もっとも、現生人類の起源を探るミトコンドリアDNA研究の嚆矢となったCann et al.,1987が、その後試料選択とソフトの使用法の問題を指摘され、1992年までに基本的には否定された(Shreeve.,1996,P98,312-314)ことは、あまり知られていないように思います。

 もっとも、その後ミトコンドリアDNA研究は、現代人だけではなく、ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)やデニソワ人(種もしくは亜種区分は未定)など絶滅人類にまで解析対象を拡大していきましたが、現代人の最終共通母系祖先が20万年前頃のアフリカにいただろうというCann et al.,1987の結論自体は、基本的には揺るぎませんでした。また、Y染色体や核DNAの研究でも、現生人類アフリカ単一起源説が支持されています。現生人類の起源を探る場合、形質人類学では比較対象となる人骨が少ないため、どうしても現時点では遺伝学のほうが印象が強くなってしまうのでしょうが、現生人類アフリカ単一起源説は、遺伝学によりかなり補強されたとはいえ、遺伝学の成果を参照せずとも検証に値する有力な仮説です。


参考文献:
Cann RL. et al.(1987): Mitochondrial DNA and human evolution. Nature, 325, 31-36.
http://dx.doi.org/10.1038/325031a0

Shreeve J.著(1996)、名谷一郎訳『ネアンデルタールの謎』(角川書店、原書の刊行は1995年)

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