NHKスペシャル『中国文明の謎』「第一集 中華の源流 幻の王朝を追う」

 これは10月16日分の記事として掲載しておきます。今回から3回にわたって、『中国文明の謎』と題して、古代「中国文明」についてNHKスペシャルで放送されます。今年は日中国交「正常化」40周年ということで、このような特集が企画されたのでしょうが、NHKも企画時には、まさかこのように日中関係が悪化した状況で本放送を迎えるとは予想していなかったことでしょう。現代の日本社会において対中感情の悪化は否定できないでしょうから、おそらくネットではこの特集への批判的な見解が目立つだろう、と私は予想していますが、この第一集は、中国への悪印象に関係なく、ひじょうに問題のある内容だったように思います。

 まず、冒頭の語りにて、「中国」が数千年間ほとんど分裂することなく広大な国土が維持されてきた、との歴史観が語られますが、ここでの「中国」とはどう定義されるのか、放送では厳密には述べられておらず、全体を通じて見ると、現在の中華人民共和国の支配領域を前提とするかのような説明にも思えたので、大いに問題のあるところでしょう。かりに、「中国」を「中華地域」というか、ダイチン=グルン(いわゆる清朝)の本部18省に限定しても、かなり問題のある説明だったように思います。中国での取材が必要なので、中国の歴史観に沿った内容にならざるを得ない、という事情があるのかもしれませんが、さすがにもうそのような手法が通用する時代ではないでしょう。

 建築や政治文化の在り様についての解説もそうでしたが、今回は、「中国」なるものが数千年前から現在まで存在し続けてきた、というような超時代的歴史観が堂々と提示されていたように思います。しかし、正直なところ、他の地域との比較をもっと進めないと、建築や政治文化の長期にわたる持続という見解がどこまで妥当なのか、疑問の残るところです。日本についてこのような超時代的歴史観がNHKなどの主要メディアで堂々と取り上げられたら、日本の「進歩的で良心的な」一派は罵倒したり嘲笑したり冷笑したりすることでしょう。

 夏王朝の実在が証明されたかのような解説も問題で、夏王朝の実在が証明されたという見解に大いに問題のあることは、落合淳思『古代中国の虚像と実像』
https://sicambre.seesaa.net/article/200910article_30.html
や竹内康浩『中国王朝の起源を探る』
https://sicambre.seesaa.net/article/201011article_21.html
でも指摘されている通りだと思います。現時点では、夏王朝の実在は確認できず、それは王朝が実在しなかったということではなく、二里頭遺跡に認められるであろう政治的組織が、後世の文献に夏として記載されたものかはっきりしない、というのがもっとも妥当な見解だろう、と思います。また、二里頭遺跡が当時の中心であることを強調する内容となっていましたが、今後、二里頭遺跡のを規模を上回るような同時代の遺跡が中国で発見される可能性も考慮しておくべきではないか、と思います。

 中国の教育では、「中国人」は堂々と「華夏」の子孫と教えられていることが分かったのは興味深かったのですが、チベットなど「少数民族」ではどのように教えられているのか、興味深いところです。現代の日本でこのような教育を行なったら、日本の「進歩的で良心的な」一派は大騒ぎして批判することでしょう。もっとも、現代の中国にはまだそのような教育とそれに基づく国民統合が必要なのであり、それはかつて日本などの帝国主義諸国から受けた被害の回復として正当なものなのだ、との見解が主張されるかもしれません。私は、そうした見解は中国にたいして表面的には同情的でありながら、内心では中国を見下したものではないか、と思いますが。

 中華人民共和国の経済・軍事・政治力の強化とともに、「夏王朝」の「実在」や「中国」なる枠組みの4000年以上にわたる存続が、「正しい歴史認識」・「真実の歴史」として日本国内でも声高に主張されるようになるかもしれません、というような懸念をこのブログでたびたび述べてきましたが、今回の放送は、あるいはそうした懸念が現実化するのではないか、と思わされるような内容でした。中華人民共和国のアジア太平洋地域での覇権が確立したら、あるいは日本や南北朝鮮でも、日本人・朝鮮人は「華夏」の子孫と公教育で教えられることになるのでしょうか。数十年後に、それは素人の単なる妄想だった、として笑われるようだとよいのですが。今回は全体的に大いに問題のある内容となっており、これでは第二集と第三集も大いに不安です。

この記事へのコメント

2012年10月14日 22:35
古代は剣、槍、弓。
現代は鉄砲。
古代は馬車と船。
現代は自動車とディーゼル船。
古代は伝聞、うわさ。
現代は本、雑誌、ラジオ、テレビ。

だから、
古代は小国が領地を地方自治した連合だったと推定。ただし剣による要人保護は完璧。
精神と肉体の訓練が報われる。

現代は鉄砲バンバン、大軍大国が威圧感で経済支配して、現地人滅亡、大国が人口輸出。鉄砲狙撃だから要人保護は無理な話。
精神と肉体の訓練なんか無意味。
どのみち悪人の陰謀に負ける。

現代は、やろうとおもえば
小国を絶滅させ
大国の人種が小国の言葉や文明を真似て自分たちこそ現地人だと歴史をでっちあげる事も簡単。

現代の技術でわかる話は、
歴史の喪失である。
歴史の発見は無理。

中華特集は
何らかの融和政策の啓蒙活動。
中華を、ヨーロッパ、インド、エジプト、インカの遺跡群と同列に扱いましょう程度の話。

でも太古の人間の姿なんか証明無理だし遺伝子も検査無理だし。
歴史は何もかも怪しい。
2012年10月14日 23:11
>「中国」が数千年間ほとんど分裂することなく広大な国土が維持されてきた
後漢が崩壊してから、元が南宋を滅ぼすまでの千年余りの期間で、南京と北京が実質的に同じ政権の元にあった期間は、西晋の30年余りと、隋が陳を滅ぼしてから安史の乱までの百数十年にしか過ぎないと気づいて、興味深く思った記憶があります。そもそも万里の長城が北京の郊外にあるのをどう説明するのでしょう。
2012年10月14日 23:27
まあ、かなり無理のある歴史観を堂々と放送してくれたものだなあ、と残念でなりません。

多くの日本人が想定するであろう(現在の中華人民共和国の支配領域よりもずっと狭い)通時的な「中国」についても、ご指摘のように統一状態が大前提とは言えないわけで、正直なところ、トンデモ番組と言うべきではないか、とさえ思います。
ゆうり
2012年10月15日 14:20
同感です。あれは、中国共産党史観を、無批判に映像化したのではないか、と思います。せめて、私たちが高校の世界史でならった中国史では、こういう見方だが、現代中国では、このように教えられている、くらいの説明が必要でした。
2012年10月15日 22:52
中華人民共和国の公的な歴史観を知るうえで有益だったとも言えますが、NHKがあのような構成で放送すれば、それが歴史的事実だとか有力な見解なのだと勘違いする日本人視聴者も多いでしょうから、やはり問題のある番組だったと思います。

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