小野昭『ネアンデルタール人 奇跡の再発見』

 まだ日付は変わっていないのですが、9月16日分の記事として掲載しておきます。朝日選書の一冊として、朝日新聞出版より2012年8月に刊行されました。ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)の正基準標本(模式標本)とされている人骨が、1856年に現在ではドイツ領となっているネアンデル渓谷の小フェルトホーファー洞窟で発見された最初のネアンデルタール人であることは、よく知られているでしょう。もっとも、本書でも指摘されているように、1856年よりも前に他の場所でネアンデルタール人の骨は発見されていたのですが、当時はそれらの意義が理解されていなかったため注目されることはなかったのにたいして、1856年にネアンデル渓谷で発見されたネアンデルタール人の骨は、すぐに注目され、その数年後にダーウィンの『種の起源』が刊行されたこともあって、人類の進化という問題をめぐる議論で早くから重要な役割を担ったので、現代でも一般的には最初に発見されたネアンデルタール人と認識されているようです。

 この「最初に発見されたネアンデルタール人」の別の部位の骨が、最初の発見から150年近く後に奇跡的に発見されたことは私も知っていたのですが、その詳細については知りませんでした。本書は、ネアンデルタール人の人類進化系統樹上の位置づけやその考古学的考察についても触れていますが、主題はこの奇跡的な再発見の物語であり、発見者たちの綿密な調査と苦労が伝わってきて、なかなか感動的な物語となっています。ネアンデル渓谷は、産業革命のなか石灰岩の採掘により、20世紀半ばのネアンデルタール人発見100周年の時点では、1856年当時とすっかり景観が変わってしまっていました。そのため、小フェルトホーファー洞窟はどこにあったのか、突き止めることは絶望視されていたのですが、発見者たちは当時の論文など刊行物を丹念に調査し、「最初に発見されたネアンデルタール人」の別の部位の骨を発見することにより、小フェルトホーファー洞窟の位置について証明できました。ネアンデルタール人についての解剖学的・考古学的・遺伝学的知見も得られますし、なかなか読みごたえのある啓蒙書になっていると思います。

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