日本における人種概念

 一昨日このブログで取り上げた『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』
https://sicambre.seesaa.net/article/201206article_13.html
のP234には、以下のような記述があります。


 「黒人」の境界が恣意的であることは、文化が異なると人種の教え方がまったく異なることからもわかる。「世界にはいくつの人種が存在するのか」この問いに対して、日本人の大学生の多くが「三つ」と答えることがわかっている。それは日本の小学校や中学校の社会科教育で、白人・黒人・黄色人種からなる三人種区分が今日なお教えられているからである。
 対照的にアメリカには、「人種は三つ」と数える大学生はほとんどいない。大学生の答えは「人類という種一つのみ」とするものから、「個人の数だけ種がある」とするものまで、単純に整理できないほど実にさまざまである。これは、アメリカの小学校や中学校では「人種」が定義されたり、説明されたりすることがないからである。一人ひとりは、自分の経験や考えに基づいて答えている。


 私が高校生のころ使用していた『詳説世界史』(山川出版社、1989年)P17には、

 人類が採集・狩猟の生活から、農耕・牧畜の生活に移ってゆく過程で、世界各地の人類のあいだには、身体上の特徴の違いが大きくなり、だいたい今日のような人種の区別ができあがった。主要な語族の分化も、そのような人類の生活文化の変化・多様化・伝播のなかでできあがったものであろう。
 人種という言葉は、身長・頭形・皮膚の色・毛髪・目の色・血液型といった形質、すなわち生物学上の特徴で人類の集団を分類する場合に用いるもので、文化とは関係がない。語族というのは、ほんらい言語を分類する場合に用いる。民族というのは、言語や宗教や社会的慣習など広い意味の文化的伝統を同じくする集団に用いる。


 とあり、脚注にて人種は「大別すると、白色人種(コーカソイド)・黄色人種(モンゴロイド)・黒色人種(ネグロイド)にわけられる」と解説されています。現在の高校用世界史教科書の記述がどうなっているのか知りませんが、日本の高校教育では長くこのように教えられてきたのだろう、と思います。では、中学校と小学校ではどうだったかというと、『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』には、中学校と小学校でも教えられているとの記述がありますが、人種という概念を中学校や小学校の授業で習った記憶が私にはありません。もっとも、人種という言葉自体は、小学校高学年の時点で同級生同士の会話に出てきた記憶もあるので、あるいはたんに私が授業で習ったことを忘れているだけなのかもしれません。

 ともかく、現代日本社会では、人類は白色人種(コーカソイド)・黄色人種(モンゴロイド)・黒色人種(ネグロイド)の三人種に区分される、との考えが一般的であるのは間違いないでしょう。しかしこれは、白色人種・黄色人種・黒色人種といういわゆる三大人種が生物学的に同基準の水準での分類であるかのように誤解させるという意味で、きわめて問題が大きいように思います。『人種とスポーツ 黒人は本当に「速く」「強い」のか』でも指摘されているように、アフリカの遺伝的多様性は他の地域よりも高く、形態学的にも同様ですから、三大人種を併置させるという現代日本社会では一般的な人種区分に、生物学的妥当性はありません。

 たとえば遺伝学的には、現代人のミトコンドリアDNAの解析・比較がかなり進展しており、L・M・Nといったハプログループによる分類がよく知られています。現代の非アフリカ人はMもしくはN系統に属し(おおまかに区分すると、ユーラシア西部はN系統のみ、他の非アフリカ地域はM・N両系統が見られます)、字面だけを追っていくと、アフリカ(この記事では、サハラ砂漠以南のアフリカのことです)のL系統(アフリカにもわずかながらM・N両系統が見られますが)と非アフリカ系のM・Nは対等な水準での区分のように誤解されるかもしれません。

 しかし、M・NはL系統の下位区分であるL3系統から分岐したのであり(L系統では、まずL0からL1~5が分岐し、その後にL5・L2・L4・L3が分岐していきます)、M・Nと比較すべきは、L系統の他の下位区分であるL0aやL3bなどということになります。つまり、非アフリカ地域の遺伝的多様性はアフリカ内の遺伝的多様性よりもずっと低く、一般的な区分としての白色人種(N系統に属します)も黄色人種(M・N両系統に属します)も、とても黒色人種(基本的にはL系統に属します)と同基準の水準で比較できる分類ではなく、むしろ黒色人種を細分化した諸集団それぞれと比較すべきなのではないか、と思います。

 しかし現代日本では、白色人種・黄色人種・黒色人種といういわゆる三大人種が同基準の水準での分類であるかのように誤解している人が少なくないようで、ネットでは、アフリカには黒色人種しかいないとして、他地域と比較してのアフリカの遺伝的多様性の高さを否定する人もいます。これは、白色人種・黄色人種を黒色人種と同基準の水準での分類であるかのように扱う日本の教育にも大いに問題がありそうなことで、今後、白色人種・黄色人種を黒色人種という三大人種区分にはかなり恣意的なところがあり、生物学的妥当性には欠け、政治的・社会的概念としてとらえるべきである、ということを教科書にも明記する必要があるのではないか、と思います。

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