ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直し
『ネイチャー』の5月3日号にて、現生人類(ホモ=サピエンス)の世界各地への拡散の様相についての特集が組まれていることを、以前このブログにて紹介しましたが、そのうちの、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しについての解説(Callaway., 2012)を読みました。近年になって、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しが進んでいますが、この解説では、そうした動向の中心的人物の一人である、考古学者のトム=ハイアム氏の見解を中心に、年代の見直しとその影響について論じられています。
ハイアム氏のチームは、土壌の腐敗した有機物など試料の不純物を取り除く新たな技術を用いた放射性炭素年代測定法により、50000~30000年前頃のヨーロッパの人骨・遺跡の年代の見直しを進めています。この年代は、アフリカ起源の現生人類(ホモ=サピエンス)がヨーロッパへと進出し、ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)が絶滅した相当中部旧石器時代~上部旧石器時代の移行期に相当しているということもあり、たいへん関心の高い時期です。そのため、この時代のヨーロッパの人類史を復元するうえで重要な手がかりとなる新たな年代測定は、大いに注目されています。
ハイアム氏のチームなどによる、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しは、ヨーロッパの更新世末期の人骨の年代を次々と繰り上げています。たとえば、じゅうらいはルーマニア南西部で発見された40000年前頃の現生人類人骨がヨーロッパ最古の現生人類人骨とされていましたが、ハイアム氏のチームは、ブリテン島で発見された現生人類人骨の年代を新技術で検証しなおした結果、41000年以上前になると主張しています(関連記事)。また、ハイアム氏のチームによる人骨の年代の見直しは現生人類にかぎらず、クロアチアとコーカサスのネアンデルタール人骨の年代の見直しにより、これらの地域のネアンデルタール人は40000年前頃に絶滅した、と主張されています(関連記事)。ただ、ネアンデルタール人が24000年前頃までイベリア半島で生存していた可能性を主張する見解もあります。
50000年前頃に現生人類に起きた神経系の突然変異により、現生人類は象徴的思考などの現代的行動が可能になり、世界各地へと進出してネアンデルタール人などユーラシア各地の先住人類を絶滅へと追いやった、という神経学仮説の主張者として著名なリチャード=クライン氏は、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との共存期間は短く、短期間のうちにネアンデルタール人から現生人類への置換がおきたのではないか、と考えています。この神経学仮説は、後期石器時代・上部旧石器時代における文化的大発展という見解を前提としています。
しかしハイアム氏は、ネアンデルタール人と現生人類は数千年間共存していて、両者の間には文化的・性的交流があった可能性もあり、ネアンデルタール人は緩やかに絶滅していった、と考えています。指摘しています。ただ、現代のヨーロッパ人とアジア人は同程度にネアンデルタール人の遺伝子を継承していると推測されているので、ネアンデルタール人と現生人類との交雑は、現生人類がヨーロッパへと進出する前のことだった、と遺伝学者たちは推測しています。もっとも、それはヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との間の低頻度の交雑の可能性を否定するわけではないだろう、と私は考えています。
ネアンデルタール人の絶滅理由は高い関心を集めており、それと関連して、ネアンデルタール人に象徴的思考が可能だったという問題についての議論も盛んです。ネアンデルタール人に象徴的思考が可能だったという見解の根拠はシャテルペロニアン(シャテルペロン文化)なのですが、ハイアム氏は、フランスの遺跡のシャテルペロニアン層で出土した動物の骨の年代が49000年前~21000年前であることから、層位の乱れや嵌入の可能性を指摘し、シャテルペロニアンはネアンデルタール人の象徴的思考能力の根拠にはならない、と考えています。
これにたいして、近年の「ネアンデルタール人見直し論」の中心的人物の一人であるジョアン=ジルホー氏は、シャテルペロニアン層の人工物について、層位の乱れや嵌入の可能性を否定しています。しかし、ジルホー氏とハイアム氏の議論は学術的なものであって個人的怨恨・感情的対立ではなく、両者は共同研究を続けています。またハイアム氏のチームは、2010年に発表された、現生人類ともネアンデルタール人とも異なる系統の人類であるデニソワ人(種もしくは亜種区分は未定)の研究にも着手する予定で、デニソワ人の存在年代を絞り込もうとしているようなので、その研究成果が大いに期待されます。
以上、この解説についてざっと紹介してきましたが、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しは、現生人類とネアンデルタール人との関係や、ネアンデルタール人の絶滅理由についても大いに関係してくるので、私もたいへん注目しています。今後は、年代の見直し例を増やしていくことで、さらに正確なこの時期の人類史の復元が可能になるでしょう。さらに、新たな技術を用いた放射性炭素年代測定法が、ヨーロッパだけではなく他の地域でも用いられることにより、世界規模での更新世末期の人類史の見直しが進むのではないか、と大いに期待しています。
参考文献:
Callaway E.(2012): Archaeology: Date with history. Nature, 485, 27-29.
http://dx.doi.org/10.1038/485027a
ハイアム氏のチームは、土壌の腐敗した有機物など試料の不純物を取り除く新たな技術を用いた放射性炭素年代測定法により、50000~30000年前頃のヨーロッパの人骨・遺跡の年代の見直しを進めています。この年代は、アフリカ起源の現生人類(ホモ=サピエンス)がヨーロッパへと進出し、ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)が絶滅した相当中部旧石器時代~上部旧石器時代の移行期に相当しているということもあり、たいへん関心の高い時期です。そのため、この時代のヨーロッパの人類史を復元するうえで重要な手がかりとなる新たな年代測定は、大いに注目されています。
ハイアム氏のチームなどによる、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しは、ヨーロッパの更新世末期の人骨の年代を次々と繰り上げています。たとえば、じゅうらいはルーマニア南西部で発見された40000年前頃の現生人類人骨がヨーロッパ最古の現生人類人骨とされていましたが、ハイアム氏のチームは、ブリテン島で発見された現生人類人骨の年代を新技術で検証しなおした結果、41000年以上前になると主張しています(関連記事)。また、ハイアム氏のチームによる人骨の年代の見直しは現生人類にかぎらず、クロアチアとコーカサスのネアンデルタール人骨の年代の見直しにより、これらの地域のネアンデルタール人は40000年前頃に絶滅した、と主張されています(関連記事)。ただ、ネアンデルタール人が24000年前頃までイベリア半島で生存していた可能性を主張する見解もあります。
50000年前頃に現生人類に起きた神経系の突然変異により、現生人類は象徴的思考などの現代的行動が可能になり、世界各地へと進出してネアンデルタール人などユーラシア各地の先住人類を絶滅へと追いやった、という神経学仮説の主張者として著名なリチャード=クライン氏は、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との共存期間は短く、短期間のうちにネアンデルタール人から現生人類への置換がおきたのではないか、と考えています。この神経学仮説は、後期石器時代・上部旧石器時代における文化的大発展という見解を前提としています。
しかしハイアム氏は、ネアンデルタール人と現生人類は数千年間共存していて、両者の間には文化的・性的交流があった可能性もあり、ネアンデルタール人は緩やかに絶滅していった、と考えています。指摘しています。ただ、現代のヨーロッパ人とアジア人は同程度にネアンデルタール人の遺伝子を継承していると推測されているので、ネアンデルタール人と現生人類との交雑は、現生人類がヨーロッパへと進出する前のことだった、と遺伝学者たちは推測しています。もっとも、それはヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類との間の低頻度の交雑の可能性を否定するわけではないだろう、と私は考えています。
ネアンデルタール人の絶滅理由は高い関心を集めており、それと関連して、ネアンデルタール人に象徴的思考が可能だったという問題についての議論も盛んです。ネアンデルタール人に象徴的思考が可能だったという見解の根拠はシャテルペロニアン(シャテルペロン文化)なのですが、ハイアム氏は、フランスの遺跡のシャテルペロニアン層で出土した動物の骨の年代が49000年前~21000年前であることから、層位の乱れや嵌入の可能性を指摘し、シャテルペロニアンはネアンデルタール人の象徴的思考能力の根拠にはならない、と考えています。
これにたいして、近年の「ネアンデルタール人見直し論」の中心的人物の一人であるジョアン=ジルホー氏は、シャテルペロニアン層の人工物について、層位の乱れや嵌入の可能性を否定しています。しかし、ジルホー氏とハイアム氏の議論は学術的なものであって個人的怨恨・感情的対立ではなく、両者は共同研究を続けています。またハイアム氏のチームは、2010年に発表された、現生人類ともネアンデルタール人とも異なる系統の人類であるデニソワ人(種もしくは亜種区分は未定)の研究にも着手する予定で、デニソワ人の存在年代を絞り込もうとしているようなので、その研究成果が大いに期待されます。
以上、この解説についてざっと紹介してきましたが、ヨーロッパの旧石器時代の年代の見直しは、現生人類とネアンデルタール人との関係や、ネアンデルタール人の絶滅理由についても大いに関係してくるので、私もたいへん注目しています。今後は、年代の見直し例を増やしていくことで、さらに正確なこの時期の人類史の復元が可能になるでしょう。さらに、新たな技術を用いた放射性炭素年代測定法が、ヨーロッパだけではなく他の地域でも用いられることにより、世界規模での更新世末期の人類史の見直しが進むのではないか、と大いに期待しています。
参考文献:
Callaway E.(2012): Archaeology: Date with history. Nature, 485, 27-29.
http://dx.doi.org/10.1038/485027a
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