イタリア半島北部における中部旧石器時代~上部旧石器時代の移行期

 イタリア半島北部における中部旧石器時代~上部旧石器時代の移行期についての研究(Longo et al., 2012)の要約を読みました。ヨーロッパにおけるネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)と解剖学的現代人(ホモ=サピエンス、現生人類)との交代は、古人類学においてずっと関心の高い問題であり続けてきました。現在では、アフリカ起源の解剖学的現代人が更新世末期のヨーロッパに進出して拡散していき、その頃にヨーロッパのネアンデルタール人が絶滅した、という大まかな枠組みについてはおおむね合意が得られている、と言ってよいでしょうが、両者の間に交雑も含めてどのような関係があったのか、ネアンデルタール人はなぜ絶滅したのかなど、詳細については不明なところが多分にあります。

 ネアンデルタール人の所産とされる(近年では疑問も呈されていますが)、上部旧石器文化的なシャテルペロニアン(シャテルペロン文化)やウルツィアン(ウルツォ文化)などの問題もありますが、ネアンデルタール人と解剖学的現代人のヨーロッパにおける交代は、中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行とほぼ同義である、と一般的には考えられています。この研究では、イタリア半島北部の岩陰遺跡であるリパロメツェナの石器と人骨の検証から、この問題について論じられています。この研究で検証されたのは、Riparo Mezzena遺跡における1957年~1977年の発掘作業で発見された人骨・石器などです。

 Riparo Mezzena遺跡で後期ムステリアン(ムスティエ文化)石器と共伴した人骨は、解剖学的にも遺伝学的(ミトコンドリアおよび核DNA)にもネアンデルタール人と分類されました。Riparo Mezzena遺跡で最下層のIII層で発見されたウシ属の動物から抽出された膠原を試料とする放射性炭素年代は、非較正で34540±655年前となり、中部旧石器時代~上部旧石器時代の移行期と推定されます。これは、Riparo Mezzena遺跡の近隣のGrotta di Fumane遺跡で、プロトオーリナシアン(先オーリニャック文化)石器が発見された層の年代と近接します。

 プロトオーリナシアンの担い手は一般的には解剖学的現代人とされており、この研究では、ネアンデルタール人と解剖学的現代人は、おそらく北部イタリアで短期間共存しており、限られた地域内で資源をめぐって競争していたのではないか、と推測されています。ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と解剖学的現代人の交代劇については、まだ不明な点が多々ありますが、このように具体的な事例を積み重ねていくことで、より精度の高い復元が可能になるでしょう。おそらく、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と解剖学的現代人の共存期間は全体的に短かったのでしょうが、地域によりその長さと共存の在り様は異なっていたのだろう、と私は推測しています。


参考文献:
Longo L. et al.(2012): Did Neandertals and anatomically modern humans coexist in northern Italy during the late MIS 3? Quaternary International, 259, 102–112.
http://dx.doi.org/10.1016/j.quaint.2011.08.008

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