大河ドラマ『平清盛』第10回「義清散る」

 佐藤義清(西行)の出家が今回の主題だったのですが、正直なところ、義清への共感はほとんどなさそうな話になっていました。もちろん、義清の出家の理由については諸説ありますから、今回描かれた義清の心境が間違っているとは言えませんが、自己陶酔型で自己中心的な人物の身勝手な出家のような印象を受けました。有名な子供を蹴落として出家するという説話も、鳥羽院・璋子の関係で説明された、愛しいから突き放すという解釈になるのかもしれませんが、今回の脚本・演出では、唐突で説明不足の印象がぬぐえません。清盛が唯一の友だという義清は、今後も物語に関わってくるでしょうから、今回の出家が今後どう活かされるのか、注目はしていますが、現時点ではどうもすっきりとしないところが残ります。

 今回は清盛を除く伊勢平氏一門や河内源氏は顔見世程度の登場で、短いながらも印象を残しましたが、義清が出家へといたる過程で中心に描かれたのは宮中の怨念渦巻く人間関係でした。得子(美福門院)は自らの産んだ皇子(体仁親王、後の近衛帝)を皇太子にしようと画策しますが、反対する公卿が少なくなく、それは得子の出自があまりよくない(ぎりぎり公卿に昇進できる家柄ですが、今回雅仁親王が言ったように、実質的には諸大夫層と思われていたのでしょう)からだと言って、鳥羽院は断ります。得子は、鳥羽院の心がまだ璋子にあるのだと改めて痛感したのでしょう、関白の藤原忠通を取り込み、体仁親王を忠通の娘で崇徳帝の中宮である聖子の養子とすることで、皇太子に立てることに成功します。得子は、鳥羽院から真の愛を得られない代償として権力を求めているのではないか、という印象を受けます。

 強い情念を表に出す得子にたいして、璋子(待賢門院)は浮世離れしたところのある人物として描かれてきましたが、それは心が空だからという説明がなされていました。その璋子が、前々回あたりから心境に変化を見せ始め、前回の義清との密通により、陳腐な表現になりますが、愛情など奥底に眠っていた人並みの心を表に出すようになりました。息子の雅仁親王が元服の儀で奇矯な振る舞いを見せると心配そうな表情を見せましたし、得子が雅仁親王に本当は白河院の子ではないのか、と嫌みを言った時には、はじめて怒りの表情を見せて得子に掴みかかりました。その話が伝わると、義清は動揺した様子を見せてしまいます。

 鳥羽院は、そんな時に水仙を見に出かけます。一方璋子は、得子により水仙から菊に植え替えられた庭にいました。そこへ義清が現れ、再び璋子に言い寄りますが、璋子は義清を受け入れず、一本だけ咲いていた水仙の花を見て嬉しそうに泣き出します。第1回から見続けている視聴者には分かりやすいのですが、水仙は鳥羽院と璋子との関係の象徴になっています。義清は璋子の心が自分ではなく鳥羽院にあることを理解し、激昂して璋子の首を絞めますが、駆けつけてきた清盛に制止されます。こうした水仙の使い方は、いかにも藤本有紀氏らしいな、と思います。

 義清の璋子への狼藉は頼長の知るところとなり、鳥羽院が政治の乱れの元凶と考えている頼長は、鳥羽院の御前で義清を問い詰めます。この義清を問い詰めるところといい、高階通憲(信西)と競い合うように論語の一節を引用するところといい、鳥羽院を軽蔑しているところといい、頼長が切れ者であることがよく表れており、ひじょうに魅力的な人物造形になっています。もっとも、内心ではともかく、表面上は鳥羽院を見下した様子を頼長が見せたとは思えませんが。この点に限らず、今回もこの時代に拘りのある人からすると、色々と無理な場面がありました。

 頼長に問い詰められて万事休すといった感の義清でしたが、鳥羽院は義清を罰することはなく、璋子が誰と何をしようと何とも思わないからだ、と璋子に言い放ちます。義清が後で清盛に解説したように、鳥羽院の心はまだ璋子にあるのですが、それは璋子を突き放した後の鳥羽院の表情からも窺えます。璋子はようやく鳥羽院への愛おしいという感情を自覚しますが、鳥羽院と璋子は第1回からずっとすれ違ったままです。これが璋子の最期の場面でどう効果的に活かされるのか、注目しています。

 今回は見せ場もあったものの、正直なところ、第1回から見続けていないと分かりづらい場面もありましたし、義清の出家へといたる過程も、盛り上がりに欠けたところがあるのは否めないかな、と思います。今回は裏番組が強力なようですから、視聴率が一桁という可能性もあるでしょう。一視聴者が視聴率を気にすることはないとも言えるのですが、製作者の士気が下がることを懸念しています。次回で明子が亡くなるようですが、これまで初登場となった第7回以外はほとんど見せ場がなかっただけに、最期は印象に残る場面になるよう願っています。

この記事へのコメント

みら
2012年03月12日 01:44
こんはんは
今回は、つまらなかったですねー。
本当に昼メロ的要素が強かったかなとおもいました。
やっぱり、西行は北面の武士としては軟弱で、出家も当たり前かなと思える弱さで、それはある意味諸説通りなのでしょうが、西行の和歌をよく知らない私には、普通の昼メロドラマにみえてしまいました。
愛に敗れて(つか、鳥羽院に疎まれて?それとも自らなのか?)出家の道を選ぶさいに、子供を蹴り飛ばす感性の独り旅なら、元々変わった人だったのでしょうね。
唯一救いは、歴史背景と事象を語りでいれた事で何とか保たれた気がする笑。
これでは、確かに視聴率は一桁かもしれませんね。
璋子の目をさましたいという理由ではなく、いっそ不倫のあげく失恋の方がわかりやすい。
自分から転落を望む奇人の和歌をちょっとよんでみようかな。
そこには、共感できる作は無いような気がする。



強訴も少し長く見たかった笑。
みら
2012年03月12日 21:39
今回の視聴率14.7%と上がってますねー。
これは、テレビつけていた人が多かったのでしょうか、震災追悼番組の垂れ流し効果かも知れませんが、上向きは良い事デス。
2012年03月13日 18:35
西行の出家は色々な伝承を踏まえての創作でしたが、現時点では成功したとは言いがたいように思います。

ただ、後に脚本の意図が見えてきて、評価が変わるかもしれない、と期待もしているのですが。

視聴率は予想を上回りましたが、こうも視聴率が低迷すると、現場が気力を失うのではないか、と懸念しています。

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    Excerpt: 今回の大きなポイントは佐藤義清と王家の物語。次の帝に据えようと様々な画策をする得子は確実に朝廷の中で大きな権力を握っていくことになります。このあたりのどろどろとした人間模様は、大河ドラマとしては正しい.. Weblog: あしたまにあーな racked: 2012-03-12 00:06