NHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか 第1集 旅はアフリカからはじまった』

 先日、このブログで取り上げたNHKスペシャル『ヒューマン なぜ人間になれたのか』シリーズの放送が一昨日より始まりました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201201article_18.html

 一昨日は第1集が放送され、現生人類(ホモ=サピエンス)が世界各地に進出する前に、アフリカでいかに危機を乗り越えたか、ということが解説されていました。全体的に、人類の生存・繁栄にとって他の生物には見られないような密接な協力が大事だという主題が貫かれており、その主題に沿って学説の中から都合のよいものが取り上げられたり、有力な学説が解釈されたりしていた、という印象を受けました。集団内および他集団との密接な協力を現生人類繁栄の要因とする見解は有力と言えるかもしれませんが、技術革新やそれを可能とする潜在的知的能力という問題も重視すべきだとは思います。全体的に疑問は少なくないのですが、CGも用いた再現映像はさすがにNHKらしく見応えがありましたし、ブロンボス洞窟のような著名な遺跡を見られるという貴重な機会でもあり、まずまず満足しています。以下、個別の見解への疑問です。

 まず問題なのは、20万年前頃から出アフリカの前までの現生人類が、現代の「黒人」のような外見をしていた、と印象づけられるような配役・演出です。現代の「黒人」も、現生人類の出アフリカ後に非アフリカ系現生人類と同様に進化してきたのだ、ということは大いに強調すべきだと思います。これと関連して、サン族の暮らしが20万年前頃の現代人の祖先と似たようなものである、と想定されていることも疑問です。現代の採集狩猟民の生活と更新世の人類の生活との間にどれだけの共通性があるのか、慎重に判断すべきでしょう。現代の採集狩猟民は、農耕の拡大、さらには近代社会の成立という条件下で生活しているわけで、それらの存在しなかった更新世社会の採集狩猟民の生活との類似性は慎重に推測すべきでしょう。

 また、現代の採集狩猟民も現代の農耕民・都市民と同じ時間を過ごしてきたわけで、程度の違いはあるかもしれないにしても、長期にわたる社会的変容を経験してきた、ということを考慮に入れておくべきでしょう。人類の過去の社会構成、とくに更新世のそれについては、現代の人類社会や他の霊長類社会からの推測に依拠したところが多分にあり、安易に現代の社会状況を過去に投影すべきではないでしょう。このことと関連して、サン族の首飾りと10万年前頃のアフリカの首飾りとにどの程度共通の意味合いがあったのか、慎重に推測すべきであり、同じ社会的意味を持っていた、と安易に判断することは避けるべきでしょう。また、オーカーが身体の装飾に用いられていた、と番組では説明されていましたが、その可能性は低くないにしても、確証はないと思います。

 以下、その他の問題について簡潔に述べていきます。直立二足歩行により人類の出産が困難になったことは間違いなく、それは脳の巨大化とともにさらに著しくなりますが、そのことが他の生物とは異なる人類の協力性をもたらしたという番組での見解には、慎重な検証が必要だと思います。相変わらず、猿人・原人・旧人・新人という枠組みで人類の進化が説明されていたことにも疑問が残ります。トバ大噴火により人類が絶滅の危機に瀕した、という見解は有名ですが、疑問が呈されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/200707article_8.html

 黒曜石の分布からの人類の交流に関する推測は有力な仮説ではありますが、黒曜石の産地一例を根拠に、トバ大噴火以降に黒曜石の分布範囲が10km以内から70kmに広がったことを示し、危機に瀕して広範な協力関係を築いていた集団が生き残っていった、という解釈には疑問が残ります。トバ大噴火により本当に人類が絶滅の危機に瀕したのならば、人口密度も減少したわけで、生存環境が厳しくなったにしても、人口密度が希薄になった中で遠方の他集団と安定的な交流を築くよりは、技術革新や生計手段の多様化(水産資源や球根など地下植物資源の開発など)により生き延びた可能性のほうが高いのではないか、と思います。交流・協力の広範囲化は、更新世においては、人類繁栄の要因というよりも、逆に人類の繁栄というか人口増加の産物であるという側面のほうが強いように思います。なお、黒曜石の広範な移動は、トバ大噴火前の十数万年前のアフリカ東部においてすでに確認されます(300km以上)。以上、色々と疑問点を述べてきましたが、まずまず楽しめましたので、次回も視聴する予定です。

この記事へのコメント

kurozee
2012年01月24日 17:10
ホモサピエンスがトバ噴火よりずっと以前に南ルートから出アフリカを果たしていた考古学的な証拠をアラビア半島で見つけた、という2種類の研究が昨年発表されていました。
(1) Jebel Faya遺跡の12万年前の石器発掘 (サイエンス2011年1月28日)
http://www.sciencemag.org/content/331/6016/453.short
(2) ドーファのヌビア型石器群について (PLOSone 2011年11月30日)
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0028239
研究者はこれらの集団がそのまま「出アラビア」をして現代人につながったかどうかは不明としています。劉さんはこれらを読まれましたか?ぜひご意見を伺いたいです。

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