2011年の古人類学界

 あくまでも私の関心に基づいたものですが、今年の古人類学界でもっとも注目されたのは、ホモ=サピエンス(現生人類)とホモ=ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)などサピエンス以外のホモ属との交雑の可能性を指摘した研究が、着実に蓄積されてきたことです。数年前まで、おもにミトコンドリアDNAの解析・比較を根拠として、現生人類とネアンデルタール人との交雑を否定する見解が有力だったのですが、このブログでも取り上げた、
https://sicambre.seesaa.net/article/201005article_8.html
昨年の『サイエンス』論文以降は、両者の交雑の可能性は高い、との見解が主流になったように思います。

 今年は、X染色体の分析から現生人類とネアンデルタール人との交雑の可能性を指摘した研究が公表されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201107article_21.html
さらに、現生人類との交雑の可能性が昨年指摘されたデニソワ人(種もしくは亜種区分は不明)については、昨年指摘されたメラネシア人だけではなく、オセアニアを中心としてさらに広範な地域の現代人にもデニソワ人の遺伝的痕跡が認められると指摘され、
https://sicambre.seesaa.net/article/201109article_24.html
疑問も呈されてはいるものの、現代東アジア人にもデニソワ人の遺伝的痕跡を認める研究も公表されました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201111article_4.html
デニソワ人(が分類されるべき種もしくは亜種)が現生人類と交雑した可能性は高そうで、ネアンデルタール人・デニソワ人だけではなく、他の絶滅ホモ属のなかにも、現生人類と交雑した種もしくは亜種がいるのかもしれません。

 このような交雑説の優勢は、現生人類とネアンデルタール人との類似性を強調する、近年の「ネアンデルタール人復権」の動向と整合的と言えるかもしれず、ネアンデルタール人による鳥の利用や
https://sicambre.seesaa.net/article/201103article_10.html
海産資源の利用
https://sicambre.seesaa.net/article/201109article_20.html
といった研究もそうした動向を推し進めそうではあります。しかし一方で、現生人類アフリカ単一起源説が優勢になった1990年代以降に盛んになった、現生人類とネアンデルタール人の違いを強調する見解と整合的とも言える研究も公表されており、ネアンデルタール人の所産とされたウルツィアンの担い手について見直した研究や、
https://sicambre.seesaa.net/article/201111article_25.html
現生人類のヨーロッパでの拡散はじゅうらいの推定よりも急速だった、と主張する研究も公表されています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201111article_6.html

 人類の航海の起源と関連して興味深いのは、クレタ島で発見された70~13万年前頃の石器で、
https://sicambre.seesaa.net/article/201101article_5.html
どのような人類種が担い手だったのか、研究の進展に注目していこうと考えています。アシューリアンの起源が、遅くとも176万年前頃のアフリカ東部にまでさかのぼることが判明したことも注目されます。
https://sicambre.seesaa.net/article/201109article_2.html
日本ではほとんど取り上げられなかったと私は認識しているのですが、大いに注目しているのは、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA分析から社会構造を推定した研究で、一般には根強いように思われる、原始時代は母系制社会との通念は案外根拠曖昧であり、更新世の人類社会の構造も環境に応じて多様だったのではないか、と私は考えています。
https://sicambre.seesaa.net/article/201101article_6.html

 この他にも、取り上げるべき研究は多いのですが、未読の論文がかなり多くなってしまい、古人類学の最新の動向になかなか追いつけていなのが現状で、重要な研究でありながら把握しきれていないものも多いのではないか、と思います。今年も、この状況を劇的に改善させられる自信はまったくないのですが、基本的な勉強もしつつ、地道に最新の動向を追いかけていくつもりです。また、人類の進化についての私見を最後にまとめてから4年近く経ったので、このブログで少しずつ私見を整理して掲載していこう、とも考えています。

この記事へのコメント

kurozee
2011年12月26日 13:38
2011年も貴重な情報をありがとうございました!
古人類と現生人類の起源論、出アフリカ&出アラビアなど、かつて常識と思われていた知見がこの数年で大きく変わっていくのを実感しています。
2011年12月26日 22:43
確かに、色々とこれまでの常識が変わっていっているとは思います。

動向を追うのは大変ですが、楽しくもあります。

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