さかのぼるアシューリアンの起源

 アシューリアン(アシュール文化)の起源がさかのぼることを報告した研究(Lepre et al., 2011)が報道されました。この研究で報告された石器は、『ネイチャー』の今週号の表紙で取り上げられています。アシューリアンは、伝統的な石器区分では、段階Iのオルドワン(オルドヴァイ文化)の後に登場した、段階IIの下部旧石器・前期石器文化に分類されており(中部旧石器は段階III、上部旧石器は段階IV・V)、その起源については、アフリカ東部において170~160万年前頃までさかのぼる可能性が高いと指摘されているのですが(諏訪.,2006)、これまでに広く認められてきた確実な証拠としては、140万年前頃をさかのぼることがなかった、とこの研究では指摘されています。

 今年になって、インドで150万年前頃のアシューリアン石器が報告されていますが(関連記事)、近年まで、140万年前をさかのぼる確実なアシューリアンの証拠がなかったことから、アシューリアンの起源をめぐる問題には曖昧なところがありました。しかし、この研究では、ケニアの西トゥルカナにある、Kokiselei4遺跡のNachukui層で発見された石器群にアシューリアンが含まれており、古地磁気学の成果も取り入れた層序学的分析による、176万年前頃という年代について報告されています。この年代は、アシューリアンとしては最古ということになります。

 この研究で注目されるのは、アシューリアンよりも起源が古いオルドワンも発見されていることです。このことから、オルドワンとアシューリアンは相互に排他的な関係になかったのだろう、と推測されます。この研究では、アシューリアンの起源について、西トゥルカナでオルドワンの担い手だった人類によるという可能性も、他の地域にあるという可能性も想定されており、この問題の研究の進展にはさらなる発見が必要になるでしょう。ただ、現時点では、アシューリアンの起源はアフリカ東部にある可能性がきわめて高い、とは言えるように思います。

 また、この研究では、石器製作技術や移住戦略の異なる複数の集団が、176万年前頃のアフリカに存在していた可能性も指摘されています。アフリカ以外、とくにユーラシア東部の更新世中期までの人類が、アシューリアンをほとんど使用しなかったことは、アシューリアンの起源が人類の出アフリカより古いと考えられてきたため、長年の疑問とされてきましたが、グルジアのドマニシ人の年代が180万年以上前であると報告され、アシューリアンが開発される前の人類がアフリカからユーラシアへと拡散していったからではないか、という解釈が有力になりつつあります。

 しかし、この研究で報告されたアシューリアンの年代は、ドマニシ人より新しいとはいえ、それほど年代差はなく、あるいは、今後の発見次第では、アシューリアンの起源が人類の最初の出アフリカよりも古い、という以前の年代観が復活するかもしれません。その場合、アシューリアンを用いなかった人類集団がまずユーラシアに進出したという可能性も、進出先ではアシューリアンを用いる必要性がなかったという可能性も、進出する過程で瓶首効果などにより、アシューリアンの製作技術が継承されず途絶えてしまった、という可能性も考えられます。もちろん、アシューリアンの起源が今後さらにさかのぼるのと同等以上の可能性で、人類の出アフリカがさらにさかのぼることも考えられるので、今後の研究動向に注目しています。


参考文献:
Lepre CJ. et al.(2011): An earlier origin for the Acheulian. Nature, 477, 82–85.
http://dx.doi.org/10.1038/nature10372

諏訪元(2006)「化石からみた人類の進化」『シリーズ進化学5 ヒトの進化』(岩波書店)、関連記事

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