藤田達生『信長革命』

 角川選書の一冊として、角川学芸出版より2010年12月に刊行されました。藤田氏の著書では、『本能寺の変の群像』や『秀吉神話をくつがえす』
https://sicambre.seesaa.net/article/200803article_27.html
などを読んできたので、本書で提示された基本的見解は、私には馴染みのあるものでした。つまり、研究の進展を踏まえた、より精緻な叙述になってはいるのですが、基本的な構想では、とくに目新しい点はありません。

 著者の提示する信長像は苛烈な改革者というものであり、堺屋太一氏に代表される大変革者としての信長像を提示する論者たちと、著者とは通ずるところがあるように受け取られるかもしれませんが、さすがに著者は専門家だけあって、堺屋太一氏の見解と比較対象になるようなお粗末な見解は提示していませんし、壮大な見通しを提示し、有意義な議論の前提を整えつつある、と言えるでしょう。著者の見解のなかでは、信長による兵農分離を強調する見解にたいして、他の大名と兵動員の構造で大きな違いがあったのだろうか、との疑問が強く残るのですが、この問題については、近年ほとんど勉強が進んでいないので、今後の課題にしておきます。また、本能寺の変、とくに足利義昭の役割についての見解にも疑問が残るのですが、この問題も今後の課題にしておきます。

 このように著者の見解にたいしては以前から疑問があり、それは本書を読んでも変わらなかったのですが、著者が有意義な議論を展開していることも確かで、近年の研究成果を踏まえた著者の織田政権論・室町幕府論は、日本史の大きな見直しにもつながる意欲的なものだと思います。ただ、著者の織田政権論・室町幕府論がただちに通説となるかというとそうではなく、今後も検証が必要だとは思います。信長による義昭の追放を室町幕府滅亡の指標としたり、信長とヨーロッパ文化とのつながりを強調したりする通説にたいする著者の批判には納得できるところが多く、これと関連して、著者は信長の中華志向を指摘しています。この問題については、『本能寺の変の群像』を引用して、このブログでも取り上げたことがあります。
https://sicambre.seesaa.net/article/200610article_10.html

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 鈴木眞哉『戦国「常識・非常識」大論争』

    Excerpt: 歴史新書の一冊として洋泉社より2011年2月に刊行されました。副題は「旧説・奇説を信じる方々への最後通牒」という挑発的なもので、じっさい、内容も挑発的ではあるのですが、正直なところ、これまでに著者が提.. Weblog: 雑記帳 racked: 2011-04-09 00:00