松藤和人『検証「前期旧石器遺跡発掘捏造事件」』

 雄山閣より2010年10月に刊行されました。今年で旧石器捏造事件の発覚から10年ということで、関連書籍が複数刊行されています。著者は、前・中期旧石器問題調査研究特別委員会の、形態・型式学的な検討から捏造に使用された石器の出自を解明する役割を担った第四作業部会の部会長で、最近では日本列島では最古となるだろうと報道された、島根県出雲市の砂原遺跡の調査に関わりました。
https://sicambre.seesaa.net/article/201007article_7.html

 本書の基本的な論調は、良くも悪くも未来志向ですが、専門外の人間である私の率直な感想を述べると、「悪くも」の方が目立つように思います。確かに、日本の旧石器考古学の再生を願う著者の想いは真摯なものでしょうし、藤村新一氏の関与した「遺跡」を真面目に研究していた人々のことを気遣う著者の心情も情緒的に理解できますが、旧石器捏造事件の要因について、先日読んだ角張淳一『旧石器掘捏造事件の研究』と比較すると、
https://sicambre.seesaa.net/article/201011article_23.html
掘り下げ方が足りないかな、というのが率直な感想です。砂原遺跡をめぐる議論を追っていくと、著者の姿勢が、また同じような過ちを招来するのではないか、と危惧してしまいます。

 とはいえ、藤村氏を関西に派遣するよう著者が持ちかけられていたことなど、本書には色々と興味深い出来事も取り上げられていて、一読の価値はじゅうぶんあると思います。本書を読んで気になるのは、著者が石器作製技術と人類種との関係を固定的に考えているのではないか、と思われることです。確かに、石器作製はそれを可能とする形態・認知力を必要とし、それは遺伝子の変化を前提とするものではありますが、西アジアの事例などからも、ホモ属の人類に関しては、石器作製技術と人類種との関係を固定的に考えるのは危険ではないか、と思います。

この記事へのコメント

秩父幻人
2010年12月21日 20:00
砂原遺跡の「石器」は多角的多面的に検討を進めた方がよい、と思う。2009年9月報道以来、翌10月には、国際古人類学会(北京会場)席上、松藤氏は120ka~110kaと発表した。
 かつて一連の「捏造・発見・報道・認知」が規定のスケジュールのごとく、既成事実の積み上げに資した反省が、生かされたのでしょうか。どこかに行ってしまった観がするのは私だけでしょうか。とりわけ、石器そのものの論議を尽くすべきであろう。
2010年12月21日 20:49
ご指摘はもっともだと思います。

考古学者だけではなく、人類学者からも疑問が呈されていますが、松藤氏には、こうした疑問に真摯に応えてもらいたいと思います。

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  • 岡村道雄『旧石器遺跡「捏造事件」』

    Excerpt: 山川出版社より2010年11月に刊行されました。今年で旧石器捏造事件の発覚から10年ということで、関連書籍が複数刊行されています。このブログでも、角張淳一『旧石器掘捏造事件の研究』 http://si.. Weblog: 雑記帳 racked: 2010-12-07 00:04
  • 【なぜ捏造事件が起きたのか】旧石器遺跡「捏造事件」

    Excerpt: このころの私は、強い感動と共に発見の成果を信じ込み、懐疑的に物事を見る冷静な心を失っていたのかもしれない。 Weblog: ぱふぅ家のサイバー小物 racked: 2011-02-25 17:11