角張淳一『旧石器掘捏造事件の研究』

 鳥影社より2010年5月に刊行されました。今年で旧石器捏造事件の発覚から10年ということで、関連書籍が複数刊行されています。著者は、毎日新聞が旧石器捏造事件をスクープする前に、藤村新一氏(現在は苗字を変えているそうですが)の関与した「遺跡」の問題点を指摘していた数少ない研究者の一人で、旧石器捏造事件をめぐる議論での重要な論者の一人になりました。

 本書では、旧石器捏造事件は藤村氏一人に責任を負わせられる問題ではないことが、日本の考古学界の在り様と学史の検証を通じて指摘されています。日本の考古学界の在り様として問題になるのは、縄文石器と数万年前の石器の区別ができない研究者もいるような石器型式学(石器分類学)の未熟さと、それとも関連する、藤村氏およびその周囲にとくに顕著だった発掘最優先主義で、型式学的方法をもって石器を整理・研究される組織がすみやかに作られねばならない、と提言されています。

 学史の検証は、この分野に疎い私にとっては読み応えがあり、これだけでも本書を読む価値がある、と思ったくらいです。著者は、藤村氏の関与した一連の旧石器捏造の中心に日本人起源論があり、敗戦後間もない時期の岩宿遺跡の発掘こそ、旧石器捏造事件の原点ではないか、と指摘します。岩宿遺跡をめぐる、杉原荘介氏・芹沢長介氏・相沢忠洋氏の人間関係については、私も多少は知っていましたが、杉原氏と芹沢氏の確執に思想的背景があるのではないか、といった指摘などから窺えるように、色々と根深い問題がありそうなことは、本書を読んではじめて知りました。また、藤村氏による一連の旧石器捏造の様相が、1990年頃を境に大きく変わる、との指摘や、杉原氏が発掘したハンドアックスをめぐる問題についての指摘も、たいへん興味深いものです。

 本書において、日本の考古学界の在り様と学史の検証を通じて浮かび上がる旧石器捏造事件の本質は、藤村氏一人に責任を負わせられるものではなく、日本の考古学界の未熟さと学史の因果関係で生じたものだ、というものです。一連の旧石器捏造においては、特定の人々の理論・仮説に合致するというか、それを「証明」するような発見が藤村氏によってなされてきたわけですが、本書でも指摘されているように、石器の実測図を描けず、論文も書けなかった、などという藤村氏の人物像からは、そうした理論・仮説を「証明」するような捏造が単独で可能だったのか、はなはだ疑問に思えます。

 本書を読んで改めて思ったのは、学問における捏造というものは、仮説・理論を知ったうえで、それに合致するようになされることが多いのだろう、ということです。10年前に旧石器捏造事件が大々的に報道されたさい、ピルトダウン事件がしばしば引き合いに出されましたが、これも、人類と類人猿とを区別する決定的な特徴は巨大な脳であり、人類の進化はまず脳の巨大化から始まった、という当時有力視されていた仮説・理論・予見に、ピルトダウン「人骨」は都合がよかった、という事情がありました。本書を読むと、旧石器捏造事件にも、名声の獲得といったごく個人的な動機だけではなく、同じような事情が背景にあったのではないか、と考えるのが妥当であるように思えます。

 本書にて批判的に取り上げられている研究者のなかにも、今年になって旧石器捏造事件に関する本を刊行した人がおり、そうした人たちは旧石器捏造事件を現在どう認識しているのか、興味深いものがあります。学史についても、そうした人たちならば、あるいはまた違った見解を提示するのかもしれません。それらの書籍についても、近いうちに入手して読み、このブログにて取り上げる予定です。

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