現生人類とネアンデルタール人など他の人類との交雑?

 現生人類(ホモ=サピエンス)と、ネアンデルタール人(ホモ=ネアンデルターレンシス)など他の人類との交雑の可能性を指摘した報告(Joyce et al., 2010)が報道(Dalton., 2010)されました。この報告は、今年の4月14日~4月17日にかけて米国ニューメキシコ州アルバカーキ市で開催された、第79回米国自然人類学会総会で報告されました。米国自然人類学会総会では、最新の研究成果が多数報告されるので、私も大いに注目しています。この報告の要約はPDFファイルで読めます(P142-143)。

 この研究では、じゅうらいの研究が抱えていた、データの不適当・偏向と統計的方法論おける問題といった限界を克服するために、アフリカ・ヨーロッパ・アジア・オセアニア・アメリカといった広範な地域の、99の集団の1983人から得られた遺伝的データが分析されました。分析対象になったのは614のマイクロサテライト(DNAの塩基配列中にある、数塩基の単位配列の繰り返しからなる反復配列)で、その遺伝的変異を説明し得る進化系統樹が作成されました。

 この遺伝的変異の最良の説明は、現生人類とネアンデルタール人やハイデルベルク人(ホモ=ハイデルベルゲンシス)のような絶滅した人類との間の2度の交雑で、遺伝的変異の推定率と化石記録のデータから、60000年前頃の東地中海と45000年前頃の東アジアでそうした交雑が起きたのではないか、と推測されます。現代のアフリカ人には、こうした交雑の証拠は認められませんでした。

 60000年前頃の東地中海での現生人類と他の人類との交雑となると、ネアンデルタール人が想定されますが、ネアンデルタール人との交雑を経験した集団は、その後、ヨーロッパ・アジア・北アメリカへと移住していった、と推測されています。現在、ネアンデルタール人のゲノム解読が進行中で、これまでのところ、ネアンデルタール人と現生人類との交雑の証拠は見つかっていませんが、これまでの両者の交雑に関する研究は、完全なゲノムの包括的な分析に基づくものではなかった、と上記報道では指摘されています。

 一方、45000年前頃の東アジアでの交雑は、オセアニア人の遺伝子における「微妙な逸脱」を説明するものだ、と指摘されています。報道と要約を読んでも判断がつかなかったのですが、ニューギニア人ではなく、ポリネシア人のことを指しているのだろう、と思います。ポリネシア人の直接的な故地は東アジア南部と推測されており、ポリネシア人を含むオセアニア人の遺伝子における「微妙な逸脱」は、東アジアに長期にわたって(現生人類よりも長く)土着していたホモ=エレクトスか、エレクトスよりも新しくアフリカから東アジア南部に移住してきた(それでも現生人類の東アジアへの進出よりも前)人類集団(ハイデルベルゲンシスに近い集団)との交雑により、オセアニア人の祖先である現生人類集団が得たものなのかもしれません。

 しかし、現代人の遺伝的多様性のおもだった要因は、このような他の人類集団との交雑のような遺伝子流動ではなく、出アフリカ後の連続的創始者効果にあったのではないか、とも指摘されています。その意味で、この報告で示された見解が妥当だとしても、それは多地域進化説の復活とは言いがたく、現代人の主要な遺伝子源が、ネアンデルタール人の系統と現生人類の系統の分岐よりも後のアフリカの人類集団にあることはまず間違いないでしょうから、過激な現生人類アフリカ単一起源説(アフリカ起源の現生人類と、ネアンデルタール人のような他の人類集団との交雑をまったく認めません)が否定されて、より穏健な現生人類アフリカ単一起源説(アフリカ起源の現生人類と、ネアンデルタール人のような他の人類集団との交雑を低頻度ながら認めます)が通説になるでしょう。

 正直なところ、この報告の要約と報道を読んでも、現生人類とネアンデルタール人のような他の人類集団との交雑について、私は確信するにはいたりませんでした。Y染色体やミトコンドリアといったいわば単系統での遺伝にたいして、双系的な遺伝である常染色体の遺伝子座における、Y染色体やミトコンドリアと比較しての深い系統樹(分岐年代・合着年代の古さ)は、現生人類と他の人類との交雑を意味するとは限らないのではないか、との疑問もあります。ただ、私見とひじょうに近い見解ということで、論文での研究成果の発表に期待しています。ネアンデルタール人の完全なゲノムが解読され、現代人のゲノムとの比較が進めば、ネアンデルタール人と現生人類との交雑があったか否か、より明確になるでしょう。


参考文献:
Dalton R.(2010): Neanderthals may have interbred with humans. Nature.
http://dx.doi.org/10.1038/news.2010.194

Joyce S, Hunley K, and Long JC.(2010): Genetic analyses reveal a history of serial founder effects, admixture between longseparated founding populations in Oceania, and interbreeding with archaic humans. The 79th Annual Meeting of the AAPA.

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